2015年6月8日

台風のノルダ、の話題に乗るだ?Σ(゚д゚lll)

ば、馬鹿者…Σ(゚д゚lll)

今年は本当、珍しいことに映画を良く観に行ってます。
今回は新進気鋭というスタジオコロリド作の「台風のノルダ」。
Google+でフォロワさんからこの映画について特報が回ってきて、何だか気になったのです…
ただしばらくしてから、次に台詞のついた予告編を観た時、すみませんあんまり声の演技良くないなぁとも思ったのですが;^_^A
まぁ折角クチコミで気になったのだからとTOHOシネマズ新宿へ行ってきました。
直前に知った事としてこの作品は30分?もう一つ短編合わせて45分?と驚きましたが、そのせいか当日券大人でも1200円でした。
こういう短いアニメ作品や短編映画の通常上映は、なかなか機会に恵まれなかったりしますし、見る側の楽しみを増やす点でもアリかも知れません。

そして作品なのですが…すみません、映画館を出た時から首をひねりました(;^_^A決して全くもってつまらない訳ではないし、作りはとても緻密で凝っていたけれども、クチコミなかったら見に行かなかっただろうな、が第一印象でした。(あ、でも宇宙船のCGは映像から浮いていたと思いますが)
というのも私はアニメ雑誌をとある漫画の為に毎月買って大体のページは勿体ないから一応見る、でもそこに載っているアニメは殆ど観る事はないのですが、…そんな私でも「こういうのって、なんかどこかで見た事ないかい?」みたいな絵やモチーフで飾られているような気分になりましたし、何より観賞後の余韻が薄い。
例えばノルダさんのおかれた背景、時間が少ないのは分かるのですが宇宙人なのは伝わっても、彼女が特殊能力を持つのかはたまた偉い人なのか、一体何に縛られ、例え解放されてひとり無事に帰ってもその後どうなるのかも分からない。単なる可愛い少女で、彼女の背後に控えている筈の異惑星での物語を感じる事が難しい。

その説明はもしも台詞でなくても、例えば着ていた服や言葉遣いでも多少匂わせることは可能なはずですが…となると、最初の全裸で着替えてるシーン、いるの?になるし、第一ドラマの展開上彼女が学校の制服である必要がどこにもないと思いますが…
男性陣ももうちょっと、喧嘩というか、仲違いの原因を主人公の台詞だけに留めるのは…とも感じました。
30分にしては話しがきちんと纏まっていたけれども、時間が短いことを盾に勢いで見せたのかなぁ、と突っ込みどころも決して少なくないように思いました。
そして声も終始、演技がキャラクターに浸透したような感じはしませんでしたし。
でもそれでも台風のノルダはまだ納得し、繰り広げられるドラマに委ねながら観ることが出来たでしょうか?

個人的にはその前の短編「陽なたのアオシグレ」はもっと苦手でした…
映像は畳み掛けるジェットコースター的要素を含む演出とおもちゃ箱的洪水が鮮やかで、映像も美しく楽しそうなのですが、この作品に関しては
「"小学校高学年〜中学2年生位の思春期の淡いココロと妄想"に見せかけてるけどこれ、作り手のオトナがする妄想じゃない…?」としか思えませんでした。
この点についてあえて何か一つ書くとすれば、物語は日野が舞台らしき場所になっているのに、鳥に乗って繰り広げられる男の子の妄想になると新宿西口一体が背景にあるのは彼の幼さそうな年齢と経験値からあり得ないだろう…と。
物語だから、演出だから良いじゃない、かも知れないけれども一方、彼の心に描く世界はそんなに狭く纏まったものなの?となりました。
15分あまりと、短かった筈なのにえらく長く感じました…。










2015年4月27日

作品を一切を読んだことのない人の映画感想。「ドラゴンボールZ 復活のF」

こちらのブログを書くのは二年ぶり?になるのでしょうか・・・
そして何故かまた映画作品の感想文です。
私個人はなんということか、「花の詩女 ゴティックメード」以外の作品では「風立ちぬ」を見てから映画館に足を運ぶことはずっとずっとしていなかったことでした。
コンサートや他のことで忙しかったのもあったのですが、「1時間以上拘束されて興味がわかなかった時の損失」が辛かったのかもしれません。

なのですが、2015年4月、突然私は4回も映画を楽しんだようです^^;
一つはTOHOシネマズ新宿でのこけら落とし上映で行われたゴティックメードだったのですが、それにしたって、こんなことは非常に珍しい!!
「ディオールと私」
「ROAD」
どちらも映像はとても美しく、また繰り広げられるドラマに魅せられた時間でした。(偶然ですがどちらもドキュメンタリー映画でしたね!この2作品はどちらも現在も上映中&全国巡回するようなので機会がありましたら是非皆様もどうぞ!)

しかしこの映画に関しては・・・自分でどうして選択したのかもよく分かりません。
永野護先生と川村万梨阿さんのサイン色紙を見たいがゆえに、劇場(TOHOシネマズ新宿)に入るには何か作品を選んで映画を観てこなければなりませんでした^^;
そして散々映画館の上映リストを見て悩み、私が選んだのが・・・何故かこのドラゴンボールでした。
私はこの漫画も一切読んだこともなく、よりによってIMAX3D上映形式でチケットも一番高かったこの作品を選んだのは・・・、脚本を原作者の鳥山明先生ご自身が書いているというニュースを何処かで目にしたような記憶があったから、かも知れません。(IMAXという上映システムにも非常に興味はありましたが)
でも今思えば、この作品に私が呼ばれたのかもしれないなと、思いました。

映画を見た二日後にSNS/Google+でこの映画の感想文を書いています。
その後劇場入場者特典で頂いた謎の冊子を開いたのですが、これがなんと設定資料集でした^^;
それでキャラクターのお名前とかある程度のこともわかったのですが、この後の本文はあえて直しませんでした。
しかし鳥山明先生と永野護先生・・・ひょっとして天才は何処かでえらく似通っている?
そんな事を思いながら設定資料集を眺め、鳥山明先生のお言葉にどこか考えてしまったりしてしまうのでした。

では漫画作品を一切読んだことのない私が鑑賞した「ドラゴンボールZ 復活のF」(なんと映画化19作目らしい)の感想文をこの後でお送りすることにします。
ネタバレ注意ものだと思いますので鑑賞予定の方は読むのを避けて下さいね。
(尚、永野先生ファン向けのことは私の別ブログ”絶対秘密。”で書かせていただきました。ご興味有る方は良かったら。)


2013年8月8日

風立ちぬをざっと書く。

昨日映画「風立ちぬ」を見てきました。

宮崎駿さんというか、スタジオジブリもの・・・
私は「風の谷のナウシカ」に関してはその混沌と力強い世界が原作漫画、アニメーション映画も両方大好きです。(漫画を読むとアニメのラストはちょっと・・・なんだけど、人物の動きや世界の作りこみとかはやはりかなり素晴らしいのひとこと。)何せ幼い私がアニメーションに嵌ったのがこの映画でしたから。自分に与えた影響は相当強く大きいと感じます。
ただ他のジブリ映画に関しては作品による・・・というかどうもジブリ映画の「世間的にも当たり作品」とは相性が悪く、「魔女の宅急便」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」についてはあまり良い印象がありません。この辺りは書くと長くなるので置きますが。
そういう事もあり、最近のジブリ作品は見たり見なかったり。劇場へ足を運んだのは「ハウルの動く城」以来になります。※ハウルは最初の数分だけ非常に好きです。あれで全てだと思ってしまうのですが^^;

今回評判が多様なのとtwitterのフォロワーさんにもお薦めされ足を運んでみました。とはいえ映画について全然知識がなく、スクリーンに向かう前に知っていたのは零戦の設計者を「モデルにした」お話であること、主人公の声を庵野秀明さんが充てられているのと、ヒロインの名前が「菜穂子」であること・・・いえ私字は違いますが本名は「なおこ」ですので、変な気分になるかなぁと思いながらも、それだけしか知らなかった事を先に書いておきます。

以下ネタバレを含んでおります。未見の方は読まないほうが。

主人公の夢が映画とリンクしている構造になっていて、「本人はただ理想とする飛行機を作りたいだけ。それがどう使われようとその後は自分の及ぶ所ではない」という感じを受け、なんというか、とても優れた創造者の日々を視覚的に分かりやすく追う、みたいな展開になっていたように思います。そしてそれは自分にはとても真似が出来ませんが、確かに誰もが一日に24時間しか時間を与えられていないのでとある目標に追求に追求を重ねるとそんな人生になってしまう、そしてそれは代償を伴いつつも清清しささえあるかな、とは感じました。
出来上がった飛行機が彼の夢の中で破壊され消えていくのは、彼にとって「最善と思って設計した先の限界が見えてしまう」のでしょう。ひょっとするとエイドリアン・ニューウェイなんかはF1の新車を設計してそれが出来た時点でもう、また次の改めなくてはならない点が浮かんでくるのかもしれません。
そして人生の殆どを飛行機に没頭しているから彼は時々人の話を聞いていない。その辺りの描写はアクセントになっていて上手いなぁと思いました。これまた時々出て来る堀越二郎の妹、佳代とのシーンでも強調されていますよね。
そしてそんな彼を、堀越二郎は親切でとても優しいけど、一方ではそんな人物だと知っていても、全てを受け入れ命を賭して愛を貫いた菜穂子さんの存在・・・ってあの「運命を伴ったような」出会いは反則にちかいものが(^^ゞだってあれでは全面的に、ずっと信頼を置くに決まっている・・・!そしてそういう展開に私は非常に弱い(^^ゞ(^^ゞのですが、それゆえに気になった所があります。

ラストシーン、夢の中でカプローニさんと談話する所に菜穂子さんとの再会がありますが、彼女はやがて消えてしまいカプローニさんとは話が続いています。これって「零戦の時は彼女はかけがえのない存在だったけど、その後の人生には(思い出としても)寄与しなかった」ということなのですか?
生きてその才能を発揮し、堀越二郎としての人生を切磋琢磨して輝いて欲しいという彼女の言葉は届いたかもしれませんが、夢であっても彼の中でずっと寄り添って欲しかったとは思うのです。夢なんだから。それとも愛も大事だけど結局は自分の夢に生きてしまった、と取る所なのでしょうか・・・
その辺りと、キャッチコピーの「生きねば。」がやや唐突かな・・・。堀越二郎は戦後も長くご活躍なさっているので、零戦での光と影を見た、そんな今後の彼の人生もほんのちょっと、覗かせてもらえれば良かったかも知れない気はしました。
というか最後のシーンは観た時は「もうこの世にいないもの」としてのシーンなのかと思いましたよ。

個人的には大正~昭和初期の風景・・・最近親戚や家族から昔の写真を色々見せてもらっていたので、その時はこんな感じだったのか日本、というイメージと今とのギャップがより具体的に広がりをみせてとても興味深く、また観ていてタイムスリップをしているようでもあり、とても素敵だと思いました。上野や名古屋駅とかは行かれたことのある方は、今でもああそんな名残がある!というのがお分かりになったかも知れません。
そして飛行機のドラマなので空はとても美しく、飛翔する飛行機は映画の「夢でも現実の世界でも、」触れてはいけない領域も感じる危うさと孤高さが混じった描写がされているように感じられ、これはテレビではちょっとそんなことは感じなかっただろうなと思ったので、その点では観に行ってよかったと思いました。

ただね、ただ・・・
主人公のビジュアルは何とかならなかったのかなぁ。ちょっと現実味なさすぎるだろうに。才気溢れる創造者として、庵野さんを採用した声の意図は理解できたけれど(合っていたと思います。演技がどうかは別で(^^ゞ)パズーをそのまま若干歳を取らせて眼鏡かけただけじゃないか。菜穂子さんはヒロインなのでドラマの展開も考えれば美少女で良いのですが、堀越二郎は外見をもっと「ありきたりな」青年で描けなかったのかな・・・震災から殆ど姿が変わっていないのも違和感が。子供時代にいじめっ子を投げるシーンも、格好良すぎなイメージを付け足しているようでその辺りも気になりました。普通は駄目なんですかね?あれだけ好青年なら菜穂子さんはどんなルックスでも惹かれてくれると思うけど。他の面々が個性的に書かれていたので尚のこと・・・映画的に二枚目でないと駄目なのかなぁ。

そんな所です。ざっとで申し訳ありませんが、私になりに書かせていただきましたm(__)m2時間楽しかったですよ。何かに打ち込んでいる方は特に、一度観ておいても損はないように思いました。

2013年6月9日

音楽が語りかける!〜オーケストラ・リベラ・クラシカとハイドン

〜何はともあれ、ハイドンの明るさ溌剌さ、滋味、ユーモア、そしてアタマを使わせられるアイデアの数々を、オリジナル楽器のサウンドと共にどうぞ最後までお楽しみ下さい。〜

この一文は、昨日行ってきたオーケストラ・リベラ・クラシカ(以下OLCと略します)第31回定期演奏会のパンフレットに書かれている指揮・チェロ独奏・何よりこのオーケストラの主宰でもある鈴木秀美さんのお言葉から最後の部分だけ抜き出したものです。
そしてそのお言葉通りの世界、それも物凄くウキウキ和やかで、かつ音楽がキラキラ輝き出した瞬間を味わってくる幸運に恵まれたのでした。

今回の演目はこちら。
会場は上野から徒歩数分の所にある上野学園 石橋メモリアルホールです。
オール・ハイドン・プログラム
チェロ協奏曲第1番ハ長調 Hob.VII-b.1
交響曲第4番ニ長調Hob.I-4
交響曲第87番イ長調Hob.I-87

ハイドンについては全く知らない訳ではありませんがそれでも「殆ど知らない」に等しい位でしか認識していなかった様に思います。
何回か演奏会で交響曲聴いていますし(鈴木さんとは山形交響楽団との2011年7月の定期演奏会を山形で聴く事が出来ました。あの時の「軍隊」もとても楽しかったなぁ。この演奏会はCDになっていますので良かったら)何より3月白鷹町で聴いたアンコールのハイドンの弦楽四重奏1番の一部…本当に一部なんですよ。その穏やかな美しさに惹かれて俄かにハイドン熱が盛り上がり、もうちょっと良く知りたいなぁ、と思ったのです。ところが…
ハイドンが多作だというのは以前から知ってはいたのですが、アンコールの弦楽四重奏の1曲が知りたくて買ったNAXOSのハイドン弦楽四重奏全集は25枚組!交響曲は「軍隊」が100番だから覚悟していたけど全集だと34枚!とてもじゃないけどすぐに味わい尽くすのは無理無理無理。
でも交響曲も多少知りたかったので中期中心の7枚組を買いました。その頃紀尾井シンフォニエッタでの定期演奏会で88番「V字」がプログラムにあったこともあったからです。この曲もとても優雅で、あの時も楽しかったなぁ…ついでに次の89番は「しょうじょうじの狸囃子」に激似で別の意味でおかしい…
そうしたら今度は44番「悲しみ」がテレビ・題名のない音楽会で特集されたり、ちょっとしたマイ・ハイドンブームがやって来ていたのです。必然的にハイドンを良く取り上げるOLCにも関心が行くわけですが…しかし上野(それも駅からちょっと歩く)遠いなぁ、あと前から書いていますが「演奏会を聴くのも頭やエネルギーを消耗する」行為でもあるため、実際に行くと決めたのは演奏会の前々日、結構ぎりぎりでした。
ハイドンの膨大な曲目リストからも当然?知らない曲ばかりで、急遽87番だけ数回CDを付け焼き刃で聴いてから行きましたが果たしてそれでいいのやら…しかもピリオド奏法はまだしも、OLCの特徴でもある当時のオリジナル楽器使用ってひょっとするとマニアック過ぎてついていけないかもしれない、という不安も若干チラつきました。

ところがどっこい!!最初の音からその柔らかい世界にニコニコして聴いていました。オリジナル楽器の知識まるで必要なし(あればもっと楽しいでしょうけど・・・恐らく現代のオーケストラ楽器よりどれも演奏は難しい筈です。)
ホールと楽団の規模も非常に合っている。実はこの要素はとても重要だと思っています。時折興行的側面から、リサイタルを大ホールで行ったりしてそういう時は音が分散したり、あるいは小さなホールで詰め込みすぎて聞えがよくなかったりするのですが、ここではベストに近い感じ組み合わせ。凄く豊かな音が広がりを持たせつつ心に真っ直ぐ響いてくるのです。そしてとてもとても上手いから安心して聴ける!
ハイドンの頃はサロン音楽としてこんな風に楽しまれていたのではないか、そしてハイドン愛されているなぁ、と凄く伝わってくる演奏でした。なんだかとても温かい音がするのに、それが情熱だけでなくかなりのテクニックで支えられているのが素人でも良く分かりました。

そしてハイドン良く知らなくても、古楽器について分からなくても誰でもこの演奏会は楽しめると思いました。まさに私がそうでしたし、クラシックにちょっとでもご興味があればきっと素晴らしい経験が出来るのではないかと思います。(アンコールに77番の第2楽章を演奏されましたが、「誰も知らないでしょ」と鈴木先生・・・(^_^;でも大変心和む良い曲。聴いてみたいのですが7枚組みのCDに入っていなかった・・・)
周りを見ているとクラシックファンだけでなくご近所さんらしき方もチラホラと。この大変優れた演奏を身近に聴ける環境にあることが、とても羨ましく思いました・・・。
次のOLC定期演奏会が10月19日に同じ上野学園 石橋メモリアルホールで開かれます。個人的にはF1日本グランプリの次の週なので行けるかどうか分かりませんが出来たら足を運びたいと思っています。オーケストラの特性から古典派と呼ばれる(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン辺りが代表格か?)曲目が中心になると思いますが、鈴木さんの親しみあるキャラクターも、クラシック音楽を身近に感じられる入り口になるのではないかと思います。というかお好きな方は特に、こんな素敵な演奏見逃すのは非常に勿体無いですよ!
という訳で今後とも注目したいオーケストラがまた一つ増えて、帰り道は多いに家人とハイドンとOLCで話がもちきりになった、土曜日の夜でした。

※こちらはハイドンではありませんが、OLCの動画もあったのでご紹介。次の定期ではベートーヴェンの4番を演奏されるのですよね・・・3番と5番に挟まれた地味な存在を、どう繰り広げられるのでしょうか?

2013年5月20日

エリック・ル・サージュに思いを寄せる・その2

さて続きです。
その1でも少し書いたのですが、エリック・ル・サージュはいわゆるピアノのソリストとして以上に、他の楽器を伴ったアンサンブル・ピアニストとしてのご活躍が多く、昨年もフランスのクラシック・スーパー軍団(としか書きようがない気がする(^_^;)のレ・ヴァン・フランセの一員として来日しています。
(レコード会社との兼ね合いなのか幾ら検索してもル・サージュさんの写真が出てこないのですが、間違いなく一員です。この面々は去年NHKのらららクラシックでも特集されました。)
このためかどうか良く分からないのですが、実はあんまり知られていない存在?なのでしょうかル・サージュさん。こんなに「世界を構築している」のに・・・
レ・ヴァン・フランセでのアンサンブルも美しかった&サイン会での優しそうな微笑みは印象的だったのですが、やはり今回のリサイタルは彼独自の音が聴ける!と興奮気味でその日を待ちました。
そして・・・

翌日、頭が彼の音で溢れかえりそうになって、体調不良&頭痛に襲われました(^_^;)

いや、真面目にそうだったのです・・・。
私のからっぽアタマでは、彼の用意してくださった盛りだくさんのプログラムは私の中でそうたやすく消化しきれなかったのです。
ただでさえコンサートというのは、・・・それが例え聴く側であっても、普通の生活とは全く異なる世界を体感するということであり、身体を消耗させる行為なのです。(これはブログを書くとか、絵を描くような場合も同じ事です。運動とは違う心と身体を使っている感じと言いますか)クラシックの演奏会には多少慣れている方だとは思っていましたが、まさかこんなことになるとは。

今回のプログラムは、ル・サージュさんが今自分が表現したいものディナーに見立てて組まれたそうです。
ドビュッシー「子供の領分」
ドビュッシー「版画」
(これが前菜)
ベートーヴェン「ワルトシュタイン」
(これがメインその1)
~休憩~
シューマン「幻想曲」
(こちらがメインその2)
ドビュッシー「映像 第一集」
ドビュッシー「喜びの島」
(ここでデザート)

紀尾井ホールに着いてまず驚いたのが、開演が19時なのに終演が21時20分だということ。オーケストラの定期演奏会は大抵2時間が多いのに、リサイタルでそのボリューム!
尚私個人としては幻想曲と喜びの島は知っていましたが、ワルトシュタインは自信なし、あとは・・・みたいな状態で臨んだ事を先に書いておきます。

実はドビュッシーもシューマンも、ル・サージュさんは得意ですしもともとフランスの方ですから、もうドビュッシーなんて多分他の国のピアニストでは表現しきれていない「フランス的なもの」を模様のように出しつつ、控えめな煌びやかさと、まるで一枚の絵と対面しているような色彩感を出しておられました。
それはそれはもう、ここでしか聴けない空間だったのです。(なのにドビュッシーを録音されていないのは、あんなに確立した表現をお持ちなのにも関わらず、まだ彼には表しきれていない部分があるとお感じになられているのでしょうか?)
この世界感に関してはリサイタルの前々日にあった中木健二さんとのデュオでも存分に発揮されていて、乱暴に書いてしまえば「ちょっとやそっとじゃ日本人には真似できそうもないニュアンスのある」演奏なのです。お洒落と書くと途端に野暮ったくなりますが・・・
でもその辺りは私の想像以上でしたが、ある程度、ル・サージュさんの面目躍如だというのは事前に思い描いていた事でした。

しかし今回の彼の演奏で、私が尤も心を捉えて離さなかったのは実はベートーヴェンの「ワルトシュタイン」だったのです。
ただ先ほども書きましたがこの曲・・・いつかどこかで聴いた筈なのですが良く覚えていなくて、という体たらくでしたし、そんな私があんまり声高に書くのもどうかと悩みましたが
「凄くロックだなぁ。やっぱりクラシックも古い曲ではなくロックに通じる所が多分にあるんだなぁ、いいなこれ。」とずっと興味深く聴いていたのです。
こういう、クラシックなのにロックのように感じた体験は実は2度目で、初回は2004年の山形交響楽団で、まだ音楽監督になられていなかった飯森範親さんが指揮されたベートーヴェンの「運命」だったのです。そしてその時の印象が、それまで殆ど知らなかった世界への感銘となって、その後のクラシック趣味へと繋がっていたのです。

演奏会後でこの時の感想などを検索すると、このワルトシュタインに対しては批判的なご意見も多く見受けられたので、この演奏はかなり型破りなタイプのものだと知ったのは翌日になってからの事でした。同行してくれた家人も「テンポが急に変わったりしていたし一番ピンとこなかった」と話していました。
なので私の感想はかなりへんちきりんなものかも知れませんが、ル・サージュさんは今年になってからベートーヴェンのピアノソナタを録音して来年CD化されると聞いていたので「いや~、出たら絶対買おう!」と思ってしまったのは確かです。
実は他の演奏者のCDや演奏を聴いたら印象が変わるのかな・・・この辺はそうした方がいいのかも含めてとても悩ましい所です。

大雑把ではありますしどうも視点の違う感想のように思いますが、次の日頭痛で苦しんだくらいの、エネルギーに満ち満ちた演奏会であった事には間違いないと思います。
そして今一番気になっているのは、どうもこのリサイタル、録音されていたのではないかという感じがしてならないのですが・・・NHK-FMあたりで放送してくださらないでしょうか。
そうなったらツイッターでもブログでも全力で宣伝します!
エリック・ル・サージュの魅力は彼にしか生み出せない世界が、音の広がりがあるという、文字ではさっぱり説明がつかないので(オイ!)是非そのような機会があれば皆様にも「体感」して頂ければ幸いです。
えっすぐに?・・・eric le sage と検索すれば動画も幾つか出てきますが・・・こちらとかいかがでしょう?彼はいつもスタインウェイのピアノなのですが、この映像だとヤマハだ!おおこれはとても嬉しいです。少しでも彼の細密で色とりどりの雰囲気が伝われば良いな。

エリック・ル・サージュに思いを寄せる・その1

そうか・・・こちらでは一度も取り上げた事がなかったか。エリック・ル・サージュさん。
ツイッター、あるいは漫画ファイブスター物語に特化したブログ「絶対秘密。」では何回も取り上げているアーティストだったのですが。いかに私がぐうたらなのか分かってしまいます。

2年前、2011年の11月にあった紀尾井シンフォニエッタの定期公演で・・・ヴァレーズさんの指揮でしたっけ・・・そこで私は今までに全く耳にしたことのないピアノを聴きました。
曲はラヴェルのピアノ協奏曲で、この曲は私も好きですし、また多くのオーケストラがその華やかさとプログラムの組みやすさからかとても多く取り上げるため、ひょっとすると生演奏では一番聴いたかも知れない部類のコンチェルトなのですが、曲はあまりにお馴染みなのに、全然私の知らないラヴェルが響きだしたのです。音が鳴っているのに静寂が広がる不思議な世界。
そしてアンコールのドビュッシーのこれまた経験したことのないクリスタルのような数分の世界が終わるや否や、私は真っ先にCDを買いに走ったのです。
ただラヴェルもドビュッシーもなかったのでどれを手にしたら良いのか分からず、ジャケットに惹かれた写真一番左上のシューマンを買いました。

それがエリック・ル・サージュとシューマンとの出会いでした。この出会いがなんと幸運だったか!ル・サージュのシューマン全集は11枚(多くは2枚組み)もあってボリューム的にも価格の面でも(^_^;)大変でしたが半ば無我夢中になって集めました。だってどれも耳を離さない曲と演奏だったから。
(最近このシューマン全集は、廉価盤としてピアノ、およびピアノを含む器楽曲版としてまとめて出されております。はっきりいって超お得!ご興味ある方是非手に取っていただきたい・・・ピアノ版なんて13枚組みで3千円台ですから。)
何度ロマンスと悲哀と温かい眼差しに溢れた世界が私を魅了した事か。これは演奏者がシューマンに似ているんじゃないんだろうかと幾たびも思ったほどです(いや、実際はそんな単純ではないとは思いますが・・・)

その彼が、紀尾井シンフォニエッタでの評判が良かったからなのか同じ会場でリサイタルを開いてくれる事になり、しかも同時期にチェロの中木健二さんとのデュオ公演もあると知り、「これはル・サージュ祭りだ!」と勝手に宣言して発売日当日にチケットを購入し、その日をずっと、今か今かと待ち構えていたのでした。
長くなりそうなので次項に。
今回やっと揃ったシューマンの11枚(一部パンフレットなどで隠れてますが)の作品群とともに。このジャケットだけでもうっとりする感じに仕上がっています。ただ、ル・サージュさんの写真はちょっと古すぎです(^_^;)直さないのかな・・・一枚サインが入っているのは昨年のレ・ヴァン・フランセのときにいただいたもの。この辺りの事も若干次に書いています。。

2013年4月9日

米沢白鷹ひとり旅・・・大分色々ありました(^_^;)

それは、3月に酒田の希望ホールで山形交響楽団を聴きに出かけた直後の事でした。
  「面白そうなんだけど、この日は出張でどうしても行けないし…だからひとりで聴いてきて」パンフレットに挟んであったチラシとともに主人から言われた一言がきっかけでした(^_^;)
 チラシにあった山形弦楽四重奏団は現在山形交響楽団のメンバーで構成されており、信頼できる山響の面々だから、私も何となく眺めていて演奏会そのものは面白そうね、位に思っていたのですが・・・
でも、でもですよ。
「白鷹町ってどこ?」「紺野陽吉さんって誰?というか、日本人作曲家良く分からない・・・」
みたいな私が一人出かけても果たして大丈夫なのでしょうか。
チケットを買おうとチラシの電話番号にかけ、「東京から行く」と話したら大変驚かれました・・・そりゃそうか。

 そんな不安を抱えたまま、今回の演奏会で唯一わかるプログラムだったモーツァルトの「狩り」をiPodにダウンロードし(アルバン・ベルク四重奏団のです)土曜日にひとり、私は新幹線のホームにたつ事になったのです。
交通アクセスに不安を感じたため、米沢で一泊して(直江兼次の甲冑や上杉謙信の肖像など心惹かれる展示物を見てきました)、日曜日に米坂線→フラワー長井線を乗り継いで(米沢から約1時間)、え、これ駅?(すみません・・・)みたいな四季の郷駅を降りると、そこから程なく会場の白鷹町文化交流センター”AYu:m”あゆーむが見えます。
そちらの様子はこちらのアルバムからでも少しは分かるでしょうか。

あゆーむは大変立派な、木の温かみを随所に感じるゆとりある会場で、展示室も演奏ホールも小ぶりながら、そのままボーっと一日いて好きなクラシック音楽(音源がこれまた豊富!)音楽をロビーの音響システムに任せて、ただただ外の眺めを満喫したいような所でした。またどこから見ても朝日連峰の山々が素敵!オーストリアみたい(行ったことないのに(^_^;)

そして今回の演奏会の中心でもある紺野陽吉さんは、この白鷹町出身の作曲家で、残念ながら若くして太平洋戦争で亡くなられてしまったのですが・・・その方の遺稿3曲が18年前に発見され、それが巡り巡って今回ふるさとのこの地で、山形弦楽四重奏団というまた素晴らしいメンバーで初演されるという大変興味深い内容でした(だからひとりでも行って来い、だったのですね。)
その内容は、新聞記事にもなりました。テレビ取材も来ていたので、山形では放送されるのでしょう。(こちらで見ることが出来れば最高ですが・・・)
私の個人的な感想としては、(初演、もしくは2度目演奏の曲でもあり、表現が拙いことはお許し願いたい。)最初の弦楽二重奏曲は、ふるさとの(まだ私はその風景をほんの数十分前に知っただけですが)生活と四季の眺めを思い起こさせ、もう一つの(未完のまま出征され、補作されている)弦楽三重奏曲はなんだか咲き急いでる桜の花を連想させました。そして(楽譜的に)大変難しそうだ・・・よく山形四重奏団はこれを取り上げてくださったと思います。

なのでその後のモーツァルトは、あれだけの演奏が出来るならと安心して臨み、そして見事な「狩り」を聴かせて下さりました。オーケストラとの二束のわらじは大変な事もあるかもしれませんが、今度東京でも聴かせて欲しいなぁ、と思う完成度の高さとハーモニーだったと思います。
大変満足したのですが、それ以上にびっくりしたのがアンコールのハイドン!1-1-3とおっしゃっていたでしょうか。なんとまた美しい・・・これはハイドンの曲にもきちんと向き合わないとと痛感しました。山形弦楽四重奏団はハイドンの弦楽四重奏曲全68曲を定期演奏会のたびに取り上げているそうなので、勉強した上で是非山形弦楽四重奏団で聴いてみたいと強く思いました。
そして紺野さんが残されたもう一つの譜面「木管三重奏曲」は来年またこの地で山響メンバーで演奏されるとのこと。今度は白鷹町で泊まりで、ふたりで行ってみたい.です。本当に素晴らしい、この画のような眺めが待っていますから。


なんですが、演奏会と、もう一つ展示ホールで行われていた「白鷹町の仏像展」でこれまたじっくり面白い仏像の数々を満喫して、さぁ帰るか・・・と思ったら暴風雨が私の前に立ちはだかりました(^_^;)
暗くなりかけた無人駅でポツンと心細く、窓のガタガタ音を聞きながら来るのか分からない列車を待ちました・・・フラワー長井線は5分遅れで来てくれました!一両しかない列車の乗客自分だけ、ひたすら徐行みたいな状態がしばらく続きましたが、(長井で乗客がいたときはホッとしました(^_^;)
何とか米沢まで帰ってきたのですが、もう既に新幹線は止まっていました(^_^;)
仕方なく切符は乗車変更し、米沢のビジネスホテルにもう一泊して(非常に便利な所。ダイソーつき24hマックスバリュが側で今回大変助かりました。食事も手作りで美味しいよ)、翌朝帰ろうとしたら、予定していた8時41分のつばさはいつまで経ってもやってきません。
待つこと4時間。
新幹線は結局やってこないまま、私は米沢のおばちゃん軍団(失礼・・・観光で東京に向かうとのことでした。スカイツリーの話など、和気藹々としていてありがたかったです。皆さん楽しまれたのかな?)と共にタクシー相乗りさせていただき福島へ。そこからさらに乗変したのですが、今度は白石蔵王で予定していた便がストップし(^_^;)いま来たのに乗れ、との指示で仙台からやってきたつばさに乗りました(ダイヤが大幅に乱れていた為、凄く珍しい事らしい。)
本来の予定からは18時間、翌日の新幹線からも5時間近く遅れた月曜日の夕方5時ごろ、無事に家に辿り着いたのでした。
いやほんとう、この度は、この旅で、多大なご迷惑をおかけしました・・・
忘れられない、楽しい3日間ではありましたけどね。
※記念にパチリと撮っていた切符の写真。実際はこのどれでもない新幹線に乗って帰りましたが・・・

2013年2月15日

その8


lまず今回の記事に関しては、もうゴティックメードも公開され3ヶ月経っていることですし、誰かがブログや掲示板に既に書かれていることなのでは?と感じつつ手がけています。
なので「そんなの知ってる、どこそこで見た」と思われたとしたら申し訳ないです。あくまで自分が感じた個人的記録として残している事でもあるので、当たっている外れている以上に、そちらが気になったのですが何か不都合があればお知らせいただきたいです。
加えてもうひとつ思うこと、誰か、私の目となってもう一回映画観てきて!(お前はムグミカさんか・・・^^;)

小さな小さな点から。
・戦艦シワルベ関係・・・
まずトリハロンが食事中にベリンの訪問を受けるシーンの絨毯に、トリハロンの後方部分にウォータークラウンっぽい刺繍がないか?と気になったのですが・・・パンフレットに食事シーンは写っているのですがそこが欠けている^^;側面に描かれている模様とは違う柄です。
また、シワルベ艦艇シーンの絨毯にに螺旋の十字?かと思いましたがこれはパンフに絵が有り、確認したら違いました^^;(まぁこれはありがちな模様か・・・)
あと、話の筋とは全く関係ないと思いますが、少年兵三人がトリハロンの温かい言葉に笑顔を見せるシーンがありますけど、オペレーターと思われる後方少年の脇にチョコレートケーキ?ザッハトルテ?みたいなお菓子が置いてあります・・・
少年達から若干位置が離れている為あれは少年達のものではなく、後でトリハロンもしくはボットバルトが食べるのか?とつい笑ってしまいました。いや誰のものでもいいんですがトリハロンのお茶シーンにショートブレットが出てきたり、永野作品の男性は甘い物お好きだなぁ、と改めて思いました^^;

・最後のシーン関係再び
例のあのシーンの話。
既に最後の背景横面に関してはニュータイプの2月号に載せられていますが・・・
ベリンが辿り着く都ハ・リは最初の夕焼けに照らされた荒涼とした大地→次の花が彩りだした(あれでも最低数年はかかっている、それともカーマイン・プラネット(ボォス)の気候によってはずっとあんななのかも知れないし、謎。)シーンまでは同じ建物の絵ですが、(細い塔が多い)最後の花が咲き乱れた絵はやはり建物の絵が全然違いますね。まぁ何千年も経過しているから建造物変わってるだろ!と言われればそれまでですが・・・(でも戦艦は変わってないよね?)

そして最後の金髪の女性ですが、彼女がフィルモア・ゴルケットを付けていることをようやく確認しました。これは「皇帝の胸飾り」で(公式のキャラクター図解にもクリスティン・Vがドレス姿でつけておりその説明があります。確か09年カレンダーの町にもついていましたよね)あれは皇帝およびそれに準ずる人物でないと付けられない物です。
となるとやはりあの女性はクリスでいいんじゃないかなぁ・・・勿論クリスが結婚してその子孫という可能性も捨てられないのですが、だとすれば「クリスと結婚するのはフィルモア皇帝」になってしまう。それは物語の展開からしてありえない話です。(残念ながら・・あ、結婚しなくてもいいの?^^;でもそれだともっとゴルケットを付けている可能性が低いか・・・)
クリスティンが既にゴルケット姿の設定画を出しているし、彼女の献身と功績、「フィルモア帝国とはクリスティンのことを言うようになる」というトレーサーEx.1からの一文からも、ここはクリスティンでFAで良いのではないかと私は考えています。
あのシーンに一緒にいる男性を支える「もうひとりの皇帝」として。だとしたら男性の名前もおのずと定まってくるのではないかと思います。

・東の東?トリハロンの仕事&彼の未来について
これはユリイカのトークイベントに参加されている方のツイートや、他の方が映画をご覧になり感じられた二つのツイートから基づいて私の頭に浮かんできた事です。実はこれに関しては私は今まで全くと言って良いほど気がつかず、^^;何回も映画を観ているのに何やっているんだという思いもありましたが、それ以上に、ファンの皆様がやはり色々な事を考えていらっしゃり、それに出会えた嬉しさというものを物凄く噛み締めました。
その元ツイートについてはブログの方に記載していますのでご覧頂いて、ツイートの掲載許可を快く受けてくださった @Dukesillywaker さんと @Hopper1178 さん、お二人には本当にどうもありがとうございました。それからユリイカのイベントで質問された方にお答えくださった金田さんにも感謝したいと思います。(金田さん位になると、もう展開としてはご存知なんですよね、恐らく・・・)

さて本題に入ります。タイトルの通り、トリハロンの未来についての妄想です。
トリハロン皇子が映画後の行動について予想されること、スクリーンから分かることから書いていきます。分かりやすくする為数字をつけました。

1 トリハロンはドナウ帝国「東の大国」の第3皇子である

2 惑星評議会のメンバー(すなわち身内)を殺したという事で、故郷に帰れば裁かれ、皇位継承についても多分奪われるだろう(とトリハロン自身は語っている)

3 帰った後、ドナウ帝国そのものの未来は兄に託し、自身は諸国を纏めて最終的には東と西に分裂していた「東の大国」との和平に成功する←あれ?東の大国はドナウ帝国でいいんだよね?

4 トリハロンは17年後、サイレン・ザ・グレート・フィルモア1として統合フィルモア帝国の初代皇帝になる。

展開としては、こういう順番なのですよね。
この映画にも出て来る「東と西に分かれた二つの大国」ですが、DESIGNS3には表を交えもう少し詳しく書かれていて東(ドナウ帝国側)は巨大軍事国家として、西は内政重視でレーダー王家の名前を持ち、太陽王国宗主国として君臨していると記されています。
その割には西の大国について何にも映画では書かれていませんが・・・しかしDESIGNS3の表記、何より今のフィルモア帝国の有り様から、西の大国の主であるレーダー王家の存在は絶対外せないものです。(何よりトリハロンによって出来た国の名前が「統合フィルモア帝国」ですしね。)

ということはトリハロンは諸国を纏め・・・と映画で書かれてはいるのですが、第三の勢力としてこの二つの大国に割り込んできたのか?と私はずっと思っていました。しかしそれでは・・・何というのかな、和平のテーブルに付くには不利かな、と。(しかももし第三の勢力として彼が乗り込んできたのならば、DESIGNS3の表にもう少しその経路が示される筈だと思うのですが)
そんな事を思いながら先ほど掲示させていただいたツイートを眺めぼんやりしつつ、ゴティックメードを観ていて私は一つの妄想が浮かんでしまったのです。
「トリハロンは諸国を纏めて、最終的には西の大国代表として和平に望んだ」のではないかと。

西の大国代表につくとしたら、ありえる路線はトリハロンが第三の勢力となり、それを利用しレーダー王家の誰かと婚姻を結ぶ。過程で幾つか考えられることはあっても、最終的に西の大国に辿り着かないと二つの帝国・・・エンパイア・フィルモア・イーストとエンパイア・フィルモア・ウェストは統合しないのです。しかも彼は武力を選ばないでその道を開いた方ですから。

私は何故そんな馬鹿なことを思ったのかもう一つ理由があります。フィルモア王家の象徴マークは太陽に基づいたものですが、フィルモア帝国に関する重要な要素の一つ「太陽王国」の名に関する記述はレーダー王家に関するものなのです。
DESIGNS3を読んだ時から何か変だな、と思いこの二つに関する接点でもどこかにあるのだろうか・・・とは考えていたのですが。もしかすると?太陽のモチーフはトリハロンのときに出来たものなのだろうかという気がちょっとだけしました。
トリハロンはひょっとするとレーダー王家・・・それも一番の宗家である太陽王国レーダー家の一員となったことで、太陽のシンボルを出身である自分の家系に持ち込んだ、そして彼らの家系そのものにフィルモアという王家名を復活させた可能性があるのではないかと。
でもトリハロンはフィルモア1じゃないか・・・と言われればそうなのですが、実はこの名前「サイレン・ザ・グレート・フィルモア1」が凄くひっかかるのです。

話が若干逸れます。どうぞお許し下さい。
「ザ・グレート」という名前から私がすぐ思いついたもの・・・シューベルトの交響曲第8番が通称「ザ・グレート」と呼ばれるのですが、もともとこの交響曲の名前はシューベルトが名づけた物ではなく、楽譜出版社側が「今までの彼の交響曲よりも、演奏すると規模が大きい」という意味で付けられたものなのです。なので偉大とかいう意味ではないのです(ただ「ザ・グレート」はそれについても素晴らしく、その名に相応しいシンフォニー、という側面も確かにありますよ。)
ただこの意味からトリハロンの皇帝名をなぞっていくと彼は「大(統合)帝国フィルモアの初代皇帝」の説明そのままでフィルモア王家云々とはちょっと違う?
思うにトリハロンは東の大国の出身者ではあっても彼の皇帝に立った時の立場としては西の大国側で単にレーダー王家(それも本流である太陽王国レーダー王家のものを)を名乗っていないだけなのではという風にも考えられるのです。特に私の予想がそのまま(有得んが・・・)だったら、彼は立場としては婿になりますし。DESIGNSの表記から、この2王家の名を冠してない皇帝も沢山いるようですしね(でもだとしたら非常に紛らわしいですが・・・)
いや当時としてはどっちでも良かったのかもしれません。国が纏まりさえすればね。

でもトリハロンの時代よりはるか昔から、FSSに至る時代まで沢山の王家が帝国には内包され、国としてはくっついたり離れたりしながらもそれぞれ存在しています。
もしこの数多い王家の中でフィルモアとレーダーが繋がった家系が存在するのなら、その家系はさぞかし王位継承に大きくクローズアップされるのですが・・・一つしかありませんね。
それがボットバルトに関わってくるのではないかともう一つ予想。
彼は映画のトリハロンべったり^^;なあの感じから、多分トリハロンが東の大国(ドナウ帝国)を去った後もずっと彼に味方し付いていったのではないかというのは割りと考えられる事ではないかと思います。
そしてトリハロンが私のお馬鹿妄想の通り、レーダー王家の流れをとりこみつつ初代統合フィルモア帝国皇帝になったとしたら、彼の子孫はレーダーフィルモア両王家の血を持ち、それが忠実な家臣(で良いのか?)ボットバルト本人もしくはその子孫に流れてくる可能性は多いにあるんじゃないかなぁ・・・

ボットバルトは元々ドナウ帝国内バルバロッサ王国の国王という立場ではあるのですが、彼の台詞回しから、トリハロンに対してだけでなく「プリンセス・シャンディ殿下」に対する敬語具合からも、ボットバルト自身のドナウ帝国内での地位はそれ程高くはない様に思います。
それがメインのレーダー、フィルモア王家両方と関わる血筋と関係してくれば、彼の出身であるバルバロッサの銘は多いに上がるでしょう。
ただ、とはいえ、どういう事情だかは分かりませんがバルバロッサ家はボットバルトの時代とあまり変わらずに、メイン街道ではなく、裏街道・・・というと怪しいですが、華々しい王位継承とは関係ない路線を行っているようです。星団暦からはまだ一人も皇帝を出していないみたいですし。しかし他に両王家と接点をもつ家がありません。恐らく、その生き方の方が彼らには・・・ボットバルトの感じからもそれが相応しく、また立ち回りしやすいのかも知れないな、と映画を観つつぼんやりと思いました。

しかし何故バルバロッサ王家は表舞台に立たないのか?
もしトリハロンがレーダー王家との縁組が成り立った場合、両方の血を持つ彼らの子孫は必ず「争いの火種」になることは間違いない話になると思います。
トリハロンとしては折角統一した帝国がそのような事態になるのを避けたいし、何より今までのバックグラウンドにある多々の王家を敵に回す気はないでしょう。
なのでもう一つ妄想するとすれば、トリハロンは子孫を沢山残したり新たな王家(レーダー=フィルモア王家、みたいな)を興したりせず、先にも書いたバルバロッサの家系に子供を託しつつ「表舞台に出ず帝国を支えるよう」訓示した可能性はあると思います。…なんて書いたら何だか会津藩の御家訓みたいですが(^^;;御家訓については今の大河ドラマ「八重の桜」参照で…)
そうだとすれば同時に、トリハロン自身から直接あるものがバルバロッサ家に受け継がれている可能性があると思います…ハスハの巫女が代々受け継いできたもの…エンプレスと同種の感じで、カイゼリンが。

最後に、私が今まで書いてきたGTMとFSSに関する全ての妄想群をちょっとまとめてみます。

ノルガン・ジークボゥは恐らく「大人の事情」で今迄の家人のように裏から、とはいかずフィルモアへの表舞台に立たされる事を余儀なくされるのだと思います。
しかし彼は決して独りぼっちではありません。(そう考えるとダイ・グはますます孤独感が…)
今名前が上がっているだけでもヨーン、ちゃあが。国を越えた親友と呼べる仲間がいます。
クリスだってフィルモア帝国の・・・愛しい人から託された成し遂げねばならない使命の為、彼をあるべき方向に導くため必死で彼を護ってくれるでしょう。
又いくら「借り物扱い」とはいえ、彼の重大な使命を知るファティマ達…特にエストは敵にも回る事もあるかもしれませんが…全ての人間を愛しているみたいだし…彼女達だって彼と帝国民の行く末はとても気がかりでしょう。そしてエストは彼の持っている…「皇帝」という名前のMHを、彼自身は争いを好まないかも知れませんが、いざという時には共に駆って戦場へと行くのでしょう。
そしてかつてのご先祖様のように、戦にならないので有れば彼は何でも利用する…彼には他に好きな人がいそうだけど、目的の為なら別の女性と結婚だってしまうかも。しかし平和のため、フィルモア帝国民のためならば。そんな彼の人生における奮闘と弛みない努力を大きな愛で温かく見守るのがクリスとベリ…いや、ユニオⅤではないのでしょうか。そして彼は偉業を成し遂げ、星団の歴史に残る名君になっていくのです。
そしてその先、彼の子孫については、フィルモア帝国のどの王家でもなく別のとある王家で、星団にとってまた大きな力になり、神アマテラスに対する人類の希望の一翼として、やがて「ある人物が」4000年代に聖宮ラーンから旅立つのでしょう。

・・・そんな物語を秘めているかも「知れない」謎の存在、バルバロッサ大帝がカーテンの奥の奥から今度漫画ファイブスター物語に登場するのです。えらく楽しみじゃないですか!
そして映画ゴティックメードの最後に出てくる、これまた謎めいた存在・・・ウォータークラウンと茜色の衣を両方身に付けている、トリハロンにすこし年齢を重ねたみたいな容姿のあの方についても。
ってそんな強引なまとめ方していいのか・・・すみません、今書いたことは出来たら忘れてください・・・

20130215 チーク(cheekandlip)
シューベルト交響曲第8(9)番”The Great”と共に。

2012年12月18日

その7


ツイッターでフォロワーさんとお話していてふと思った事です。
もともとは、先日の選挙がらみではあったのですが・・・
こちらの作品の後書き2,3でも若干触れましたが(こちらではコーラス3についてですが)ファイブスターに出て来る国家って選挙をするような国は少なそうですが(メインだと、ボードの所・・・トラン連邦くらいか?)意外と少ないのが完全直系制。

AKDもそのはずだった筈ですが・・・国家元首が固定されてしまいました(^_^;)
ハスハ・・・は巫女で纏められ(もともとはバラバラな国で、巨大になったのはごく最近)巫女は指名制(血縁全く関係なし。まず能力がありますしね)
クバルカンも法がメインでやはり後継者は指名制。
ロッゾなんかもどちらかといえば連邦国家っぽい性格を持つし、
メヨーヨは「やられる前にやる」みたいな感じだし、
ぱっと思った完全直系制の国って、バキン・ラカンとコーラスくらい?

この2カ国が完全直系制なのは、両国とも”カリスマ的才能”を持った君主が血の流れで登場するため。
前者は聖帝として騎士の能力を見分ける力を。後者は世継ぎが必ず騎士になるからです。
しかし本来、騎士はいくら強力な家系だからといって、子孫に受け継がれ誕生するものではありません。

そう思いながらデザインズ3のフィルモア帝国の系図や解説を見ていると、さぞシステムが複雑そうというのがいつも思う事なのですが・・・あまりに王家が多い。これは古い歴史により色々な派生王家が誕生しているだろうというのも考えられるのですが、もう一つ思った事。
「皇帝が騎士であってほしい」が故のシステムなのかな、と。
コーラスが国家の仕組みとしてシンプルなのは、長子が騎士である→カリスマ役が即得られるということですが、本来のFSSの枠組みならば、息子娘が騎士になる確実性はありません。それゆえ、いつでも何処かの王家で騎士が誕生するようにレーダー、フィルモアの2大王家が統合する事もなく、しかも親戚王家あんなにあるのかな、と。、
別に人物が優秀ならば皇帝が騎士である必要も特にないのですが、強い国家、伝統ある国家であるならばカリスマ的存在として騎士である方が圧倒的に人民のプライドをくすぐるだろうと思うからです。
(と思ったらDESIGNS3のダイ・グのところにそういった記述が書いてありましたね。)
ダイ・グのお爺さんであるフルダ・ダイ・グ・フィルモア4は騎士ではなかったですが(DESIGNS2の剣聖の家系参照)お嫁さんに剣聖彗茄が選ばれたのも・・・勿論彼らには彼らの出会いのドラマがあった筈なのですが、結果的に彼にとっても、国家としても「有効な手段」だっとはいえるはずです。
ただ彼らの息子は物語の通り病弱で騎士ともならずに子孫を残すだけの存在になってしまい(う、書いていて残酷だな)孫のダイ・グが家系、血筋、能力とも優れていた為若くして皇帝に選ばれたのかな。と(若くしてなったのは、レーダー8がクリスへの恩赦を、という意向で早まった事も無視できませんが)

そしてあまりに若い皇帝が登場したわけですが・・・ふと思ったのですよ。
ダイ・グの周りにはおばあ様である剣聖慧茄をはじめ、クリス、アルカナ・ナイトをはじめとする強力で彼を慕う者達は大勢いるわけですが・・・実は、彼には参謀役がいない?
GTMのトリハロン皇子におけるボットバルト、ハスハのギラと対になるバルンガ、ミューズに対してのノンナ、ボスヤスフォートだってペールがいます。レーダー8にだって「帝国老人クラブ」の面々がいました。別に強力な能力を持っている必要はありません。コーラス王におけるマイスナー、バランカの役割を果たしてくれる、武力とは違う意味、政治的に自身が信頼できる面々です。
剣聖慧茄はフィルモア帝国の実情を良く知る人物ですしその役も出来る筈なのですが、彼女はあくまで武人として動いてしまっていていつもダイ・グの側にいません。
同じくそういう役割が果たせそうなのがトライトンなのですが、彼はあくまで他所の王家(レーダー)の王子であり本人もそれを自覚しており、また彼自身もちょっと実直すぎて・・・という所はあります。
クリスはまだ若すぎるよね。それに、彼に対して愛情を持ち、ダイ・グに対しひとり誓いをたてていますがこれもあくまで武人として彼を支えていこうとするものです。

フィルモア帝国には皇帝陛下ですらわからないような所もあるカーテンがたくさん控えている、というトライトンの発言から、またミヤザとかティルバー女王のような「皇帝陛下のため」と言っているけど裏でよく分からない動きをする、信用できるの?みたいな面々が周りに多くいるのだから尚の事、時には主君と違う意見もするだろうけど、基本的彼のために動いてくれる立場の人物っていた方が良いのに、と思うのですが、若いのに何故かダイ・グにはそのような人物が控えていないように思います。
戦争ではなく、国家とのしがらみまでもひとりで戦わなければならないのかという印象が最近一層強くなりました。
しかもいざとなれば、その複雑なシステムゆえに、次の皇帝になれそうな人物も、たくさん控えているよとミヤザさんは言っています。「もしも陛下に何かございましても、翌々日には新皇帝も決まっておりましょう」と。いやぁ!変な事したら皇帝下ろされちゃう、または内側から抹殺されちゃうわけ??
それって立場が似ているじゃないですか・・・GTMのトリハロンに。

しかも、彼にはもう一つ大事な役割を担って欲しい立場のひとが欠落しています。
「彼の本心を知る、心の支えになる人」です。
いるじゃん、クリスが・・・と思いたいのですが、クリスは真正直に彼を支えていくでしょうけど愛情表現は戦でしか表せないでしょうし、DESINS3にあるダイ・グ王家正装の表記・・・「晴れの正装で~着こんで行った訳だがそれだけではなく、クリスティンを助けに行く為にこれに着替えたのであろう。本人は多分気がついていないが」とあります。
クリスを助けに行くのが無自覚ならば、ましてや好きなのも無自覚なのではないですか?
ダイ・グがもしクリスが好きならばもっと熱のこもった表現があっても良いんじゃないかと思うしその思いだけで彼の支えの一助となる気がするのですが・・・本人気がついてよ!イヤリング渡したんだし・・・
クリスとの会話には温和な空気も少しだけ感じますが、彼の重圧が皇帝の仮面を外させていないような印象も受けます。(彼が今の所仮面を外したのは、フィルモアの計画を話したとき・・・彗茄に対してだけだはないかと。しかし、おばあさんだもんな。あくまで・・・)
ただでさえ孤独な立場の皇帝です。彼を慰めたり励ましたりする若い人、いないのでしょうか?

これから縁談の予定も控えているみたいだし、果たして妃になる人にその役割は期待できるのでしょうか?・・・誰にしても基本は無理だろうなぁ。クリスならともかく。クリスはその役が出来ません。
ニオも懸命にダイ・グを支えるでしょうけど、やはり若く実直すぎて参謀も無理だし、かといって彼の心の支えになる役割になるとは思えません。
チャンダナは?違うよね(^_^;)コーラス3はその役がウリクルだったのですが(妃じゃないのが大問題なのですが、ここでは置いておきますw)
そういう意味でも、天照もまだ、その役割がラキシスではなく命様だったりリトラだったりする所がありますよね。徐々に、ちょっとずつだけ変わっては来ているみたいですが・・・まだまだかな。

いやFSSを読んでいる多くの方がダイ・グの将来について不安に思っている、あるいは何かを想像している事とは思いますが、
GTMのラストにクリスらしき人物が出てきますが、ひょっとして、新しいフィルモア皇帝(という事にしておきますよ。外れたらごめんなさい)にとってはクリスは彼の良き参謀になっている可能性があります。フィルモアの実情を身をもって学び、ダイ・グの真実と思いを受け継ぎ、その生涯の最後まで帝国に奉仕する立場として。
そんなクリスティンの人物としての成長を、今後見守っていく私たちになるのかもしれません。ダイ・グとの辛いドラマが背景に控えていそうな事を予感させつつも。


12月19日追記。

昨日書いた上の記事を思い起こしていたら、ある事が急に頭をもたげてきました。
リブート7のノルガン・ジークボゥのキャラシート記載にある「とある女性が絶えず見守っている。そしてその女性こそが・・・彼を導く支えになっているのだ」というこの女性、実はクリスティン・Vではないのかと。
勿論これはGTM最後の人物が=ノルガンである事、さらにフィルモア皇帝である事(レーダー9かどうかはここでは一旦置きます。私はそう思っていますが)が条件になりますが。
あのなぁ・・・先日もジークボゥはレーダー9じゃないんでは?というお便りを頂いた後だろう!とある意味厭きられそうな展開ですみません・・・。

しかし若き皇帝を支える参謀としてのクリスを思い描いた時、ああ、ひょっとすると彼女が映画の最初と最後に登場するのはとても意味あることではないのかと急に思えたのです。最後に出て来る彼女は、ちょっとだけ老けて見えましたし。(アイシャみたいな感じ?)

DESIGNS3のクリスティンの表記。最後に「誰よりも戦いたくないのだ」という表記があります。しかし、今現在は戦う事でしかフィルモア帝国への忠節を、ダイ・グへの愛を表現できない状態でもあります。この表現に長いこと疑問符を持っていました。
しかし魔導大戦でひょっとすると彼女は気がついてしまうのかもしれません。「戦だけでは大切な人を守れない」のだと・・・と思えたのです。
国をより良い方向へと新しい皇帝を導く「参謀としての」役。それはフィルモア帝国の危機→国がなくなる事に対し、帝国民を他の星に移すという無茶でどうしようもない使命を、今までダイ・グや慧茄やレーダー8とかが背負ってきたものを理解しつつ、でも戦ではなく何か他の手段で見つけること。
優しい人物であるジークボゥを帝国の複雑なしがらみから守りつつ、彼を支えるのにはぴったりではないでしょうか?帝国に尽くす事を定められたクリスなら・・・彼女の成長如何にかかりますがクリスならやり遂げられるような、そんな気がします。
そしてどうやって新しいフィルモア皇帝はその責務を果たすか。・・・それは以前私も予想しています。(「その3」をどうぞ。)これに関して、今の所妄想を変える予定はありません。

ダイ・グとの間には花壇に花は咲かないと言われましたが、ひょっとすると大輪の花が咲くのかもしれませんよ。それは恋愛とかではなく、戦いでは生まれ得ない平和の花。例えその前に悲劇的な結末が二人の間に訪れてしまったとしても・・・。

2012年12月6日

その6


初日から立て続けに3回見た後、忙しかったのもあり中々映画館に足を運べませんでした。もうその間他の方も多く書かれていると思うので、ここではつらつらと。
やっぱりというか、4回目も映画の間終始ニコニコして、またも途中でうるうるしてしまい、結局終わった直後に次の回の切符を買ってしまい、5回見てしまうことになったのでした。
今回やっとカイゼリンの美しさが判った気がする(ずっと、認識する前に終わっちゃう感じで・・・)
白く発光するところなんかは鳥肌物でした。あの色合いは何を意味するのか、そのうち分かるのでしょうか。マーク2や破烈の人形も、やっとディテールをちゃんと見た(認識した程度ですが)気がします。
そして「、見たいな」と可愛く言っているLDIの台詞と金属音を伴う髪の流れに、うっとりとしてしまうのでした。

さてもう今更なのかもしれませんが、まず最初にごめんなさい。
ビギナーズガイドの最初に出て来るのは鳳凰じゃなくて・・・ラブでしたね^^;
じゃあ彼?が落とすものは羽ではなく・・・鱗か?でもひらりとするものですよね。
彼はLEDなのかはよく分かっていません。もう言葉通り「GOD of FSS」でも良い気がしますが。色々いそうだから神様にも。もしLEDだったら、彼はすえぞうの先代?なのかな・・・

ただ色々説はあるこのGTM,私も勢いとはいえ多いにぶちまけたことを反省し、分かるものは訂正しようかとあれこれ確認もした(ツイートに色々上がっている小ネタ・・・市場の中にLDIがいる、とかは2度見たのに分からなかったよorz)けど、寧ろ「やっぱりそうだよ!」と思う事のほうが多く、これじゃ駄目じゃん、と大いに悩み中です。
今回は今まで書いたこととはちょっと違う項目を2,3だけ。皆さんもう気が付いている事でしょうし、またどう思われているのかわかりませんが・・・

・LDIの言う「1500年後」
3000年後のほうは多分魔導大戦~AKD侵攻~カラミティ崩壊あたりで良いと思うのだけど、1500年後のシステム・カリギュラは何を?
それで同時に気になったのが映画内で言っていた「平和を築く堅牢なシステムを」(みたいな事)。
東西の大国が一つにまとまってフィルモア帝国が出来、惑星連合の平和の礎となるように、これに準ずることが→事件を伴って、その後星団が一つになるようなある事が起こるのかな、と。
と思うとやはりここは星団法制定あたりの事を指しているのかな?と感じています。
DESIGNSにも天照のミコト、コーラス19世のエピソードが今後用意されている事が書かれ、星団法についての記述もいくつか見受けられます。星団法が出来たのは2000年初頭とあってちょっと微妙ではあるのですが・・・ただこのあたりに「聖宮ラーンの東宮西宮蜂起」というのも入ってくるので、この争いに各国の思惑、及びシステム・カリギュラの暗躍はありそうかな、と。
同時にこの話はゴティックメード時代(よりもずっと前、AD世紀から)のフィルモア、巫女などの超帝国系に属する人類の叡智の流れに、新たな潮流(AKD,コーラス)が入り込んでくる展開にもなるはずなのですが。そう考えると、フィルモアの歴史って凄く厚みがあると思うし、AKDやコーラスは物凄い勢いで台頭してきたことになりますね。なるほど、DESIGNSのラルゴやギエロの記述がああなるわけだ。

・最後のシーン、クリスティンが籠を持っていますが・・・
私は最後のシーン、もう目が皿になっても良いからの勢いで背景を見ておりました。あれはどこか。
円形の建物群に塔が幾つか立っているように思えたのですが結局分からず^^;ただ、画面右下に詩女を象徴する黄色いシンボル?(セイラーにも付いていたように思うのだけど)をモニュメントにしているような場所があるんですよね。パンフレット最後にあるあのマークです。
そうなるとあれはやはりプロトン城じゃなくて聖宮ラーンなのかなぁ・・・でもラーンまだ出てきてないのでこればかりは。(2巻のフィルモアのイメージに円形の建物群が出て来ることは出て来るんですが。)
ただ気になったのが、クリスティン(という事にしておく)が花の種の入った籠を持っているのですね。全然気がつきませんでした^^;
3000年経っても失われなかったセレモニーが行われる、といった風情なのでしょうか?
これは誰が、何のためにか。可能性として頭をよぎったのが
・後年の人々がベリンの功績をたたえ、そういう儀式を(ラーンで)行っている
・トリハロンがベリンの事、平和を忘れないようにと種をまき続け、それが儀式となって(フィルモアに)残されている
・・・なんですよ。後者ならこれはプロトン城でないと話が合いません。
「花が咲いたら思い出してくださいね」とベリン言っているしね・・・どっちなんでしょう?言われているラーンの腐敗がこの頃どうなっているのか良く分かりませんが、後者の方がロマンチックで良いなぁ・・・おっと、これは単なる偏見です^^;
これとは直接関係はないですが、町の背中に天使の羽を連想させる小さなマントをつけていますね。可愛いけどあれは何か意味があるんだろうか・・・

・最後の人物について。
今回1度目でおや?と思ったのに2度目瞬きしてしまい確認できなかった事が^^;
ボットバルトの服の模様・・・あれ、ブルー・スーツのエストに入っている模様に似ていなかった?
と思って見よう見ようとしていたのに、おい^orz
ボットバルトがバルバロッサ王家のひとである事は確認できるのですが、
「バルバロッサはレーダー、フィルモア両王家にかかわり、名前を隠す為にレーダーの名を持つ。独自の家紋と王家色がある」というDESIGNSでの説明に沿おうとすると・・・この家紋ってひょっとするとドナウ帝国の家紋?クリスの襟にも例の人物にもドナウ帝国の紋が付いていましたよね。(あれはFSSでは今まで登場していません。)
そして色。私てっきりボットバルトの服色からエビ茶色かと思っていたけど、・・・黒?(ボットバルトの服は確かに黒の面積も多いが)
だとしたら、ブラック・プリンスことノルガン・ジークボゥはやはりバルバロッサ王家の人という可能性が・・・
ただバルバロッサは先に書いたとおりレーダーの名前を持ってます。今までは君主を出していませんがかなり重要な家系の人物で「カーテンの奥の奥」から出て来ることが決まっています。
となると全部盛りコース「ジークボゥ=レーダー9=もとはバルバロッサの重要人物」なのかい??
(しかも私の場合、ここに更に→”トリハロンによく似た人”という更なる盛りが^^;でも改めて画面で確認し、絶対似てると思った。彼が皇帝になった17年後、はあの人物くらいの風情になっているだろうし。DESIGNSでの表記から、”~に似た人”とはほぼ同じ人物、ぶっちゃけ魂が一緒なのではないかと考えてます。これが書かれている人物はかなり少ないですが他にもいます。血脈とも関係なく)

ここで気になったのが、この人物が帽子にウォータークラウンをつけ、トリハロンの茜の衣を同時に身に纏っていた事。ウォータークラウンはレーダー王家のシンボルで、茜の衣はフィルモア王家の象徴でもあり、同時はありえないから。
でもバルバロッサ家のあの説明なら、レーダー9がバルバロッサ家の人なら同時につけていてもおかしくないか・・・よく分からんなぁ^^;
やっぱり、結局もう一回映画観ないと駄目?
・・・今回も、結局先生の高笑いが聴こえてくるような、そんな気分になるのでした^^;

20121206 チーク(cheekandlip)

追伸 個人差はあると思いますが、この映画は、映画館のやや前よりで見たほうが、一層迫力が出て良いんじゃないかな、と思いました。4回目は前方よりの真ん中席、5回目はど真ん中で見たけど、4回目の方が驚きも大きかったしチェックもしやすかったように感じました。
大都市では上映も終わったところがあり、新宿もこの週末から劇場が小さくなります。一方その広がりは段々とあちこちに回り始めています。どうぞこの素敵なお楽しみを、あなたのお近くで体感できますよう。


2012年11月12日

その5


とにかく今回一番の不満だったのが…宣伝費なかったんかい‼と言いたくなるような作品以外でのお粗末さ。
今でも「え、ゴティックメード公開していたの?」「出来ていたの」「映画作ってたんだ…(これは少数だけど、いた。)」というツイートを幾度となく見かける度に思う。このツイート自体はまだ映画のことを知り得たんだからいい方です。ひょっとするとFSSファンでもかなり暫く経ってから気がつく人出てきますよこれでは…

もうとにかく何もかもがずれている。

雑誌ニュータイプでの情報は少なく(作品に関するものではなくイベント系。あんなギリギリじゃ載せられないか…)、
公式サイトはFLASHの嵐なのかPCでないと確認出来ない。スマートフォンの方も多いだろうに。ネットの認識、数年分止まってる?(デザインは工夫できるでしょうに…)
また、折角永野先生と井上社長の楽しいお話が聴けるまも☆しんは何故かPodcast。(これ、YouTubeとかニコニコ動画に出来なかったのか?閉鎖的印象も抱きつつ聴いてました。公式サイトに動画置いておくだけでも違っただろうに…と思ったけど、公式のお洒落感??を削ぐから?。いやそんな場合では…)
おまけに最初は公式SNSがFacebookしかなかった。(実名で漫画やアニメを語れる方は絞られてしまうはず…)その後で出来たツイッターも情報が遅いし何より、熱意を感じない。
ツイッターを工夫して使っている企業アカウントは、自ら祭りが生み出せる様、色々発信したり(それが例え売りたいものと直接関係のないことでも)ファンに提案してくるのになぁ。ツイッターできた時に公式ハッシュタグ作ってくれとすぐお願いしたのに、出来たのは大分後だし、また面倒なタグを…(ごめんなさい。公式タグ#GTM_1101使ってますがアンダーバーやめて欲しかった…字数考えないならなら#ゴティックメードで良かったんじゃ。)
プログレさんの(エスト表紙のね)アカウントはプログレという音楽を多いに広めよう、という思いを多いに感じるのになぁ。少なくともこの作品の、あるいは永野先生の何かを伝えたい、という個人の姿が(偽であれ)浮かび上がってくるようでないと、ツイッターでの発信は、bot以下の存在になってしまうと私は思います。

ニュータイプだってFSSトランプの件で多いに失望。…私は以前の宣言通りあれは買ってませんが^^;先生のことでは一番当てにしているんだから綴りを間違えないでくださいよ…やっぱり熱意がないのかと思ってしまうではないですか。

私は多分、このブログを書いていた以上、ファンの中でもマメに情報チェックしていた方だと思うし分かればツイートやブログで即話題にするようにはしていましたが、何せ偏見強いただの一ファンでは限界があり過ぎる。もうそれはここ半年多いに痛感したことです。
公式が同じ事言ってくれたならもっと情報の輪が広がるのに。と思った事は何回かあります。
しかしそれ以上に、まも☆しんで製作発表イベント決定情報が2日前とか、公開前日イベント発表が3日前とか、告知そのものが遅すぎるよorz
これは実際にファンが足を運ぶ、運ばない、というのもありますがその前にそんな事があるんだ、という情報そのものが時間がないから大きく流れない。それでは映画の宣伝に全くなっていませんよ!
それでも私は、幕張メッセのイベントは、知ったのが2日前でもその日だけは空いていたので、何とか出かけてブログの記事にしようかと思いましたが、調べたらチケットが既にないイベントだとわかり、その時は物凄くガッカリしました。ファンをワクワクさせる筈の数少ないイベントなのに、失望させてどうするんだ…

とにかく11月1日映画ゴティックメードが公開されます!こんな映画でこんなイベントも予定しているよ。楽しみにしていてね‼という情報すらちゃんと流れないようでは、ファンもそうだし、そうでない人はもっと知り様がない。何でこんなに「響かない宣伝活動」になってしまったのかは、大いに疑問に感じています。
製作延期とかで色々狂ってしまった点もあったのかも知れないけど、さ…

※新宿タワレコで川村万梨阿さんのミニライブイベントが12月15日にあります。(私は行けませんが)これくらいじゃない?普通の人がスケジュール調整して行ってみようかと思える余裕のあるイベントは…まだ時間がありますので、もしご興味がある方はこちらをお読みになった上で、参加券をもらって楽しんできてください。


さてもう映画は公開されてしまったので、後はクチコミやこういった活動に僅かな希望を託しつつ。
GTMの世界は、私にとって魅惑の世界でした。映画でもアニメでもなく、美術館に作品を観に行くような感じ。
前にも書きましたが、草原のそよぎ、見たことあるような、でもないだろう雨の風景、雷雲に砂漠の乾いた感触、刻刻と色を変える空と大地と水面の色、民族と衣装、食べ物!(どれも美味しそう…スタッフドトマトとかナンとか。うどんも見られてここは中央アジアかしら。もともとイラン料理とか好きなので眼がキラキラしたかも^^;トリハロンのおやつらしきショートブレッドも良いですね。)
そしてキャラクターの周りをふわりとなびく風。ただただ美しく思え、あの世界に潜りたいなとスクリーン越しに思いました。
展覧会を見ている様な…という色の変化に、突然謎の幻像が忍び足で飛び込んで、たちまち急スピードと爆発音のような感覚を得た時、恐怖と美しいな、という思いが同時にやってきて、これは非常に身震いがしました。個人的にはカイゼリンのシーン以上に鮮明に。
カイゼリンに関しては…綺麗だな、と思っているうちに全て終わってしまったのがちと残念でした。ただ気になったのは、その後あのエンブレムを探し当てるシーン。彼女?の頭脳がそうさせたの?それともここはおとぎ話?(KOGがジュノーンに剣を渡すような)それによって話の印象がまた変わり、若干気になるところではあります。
そうそう、サントラについても書きたい。グッズの中でイチオシだと思います。映画を気に入った方は是非手にとって頂きたい程。演奏も丁寧で美しい。録音も素晴らしい。途中からは更なる熱気も追加されます。永野先生のレビューもあるよ。(ただ、カイゼリンという曲は、JesusJonesの"Phoenix"や"Starting from scratch"とか似ているんだけど…やっぱりマヨール・レーベンハイトのモデルってマイク・エドワーズ?^^;)
そうそう、今かかっている「巨大な陰謀」は、FSSでも色々使えそうです。漫画ファイブスター物語を再度読み返してると時折この曲が頭をよぎるようになりました。お試しあれ。

色々賛否両論あるようですが、私個人は、初回はファン向きかとも思いましたが、2回目、3回目と印象が変わり、この作品はFSS全く関係なく好き嫌いが生じるように思いました。この作品からFSS知った方は後々、その背後に潜むものに驚けば良いじゃないですか。映画ゴティックメードのお話はオペラの多くがそうであるように、FSSとも違って至ってシンプルです。だからこそ余計浮かび上がる「作者のデザインとこだわりと世界そのもの」を気に入って頂けるのはセンセイのファンだけではないと今は強く思います。
(FSS知らないけど映画に興味を示し、気に入って下さりそうな方にはいきなりツイートでお声をおかけしてしまった方もいます。もしいたらあの時は不躾ですみませんでした。素敵な出会いになっていれば良いのですが…)
前にも書きましたがこの作品は映画ではなく、永野先生が手がけた芸術作品だと思ったら全てが合点がいくようになりました。作品だけなら大変贅沢で手間暇かけただけのことはあります。熱狂と冷淡が見る方によって同居する映画というのもまた面白い。アートって本来はこんなものではないでしょうか。

しかし、私たちも先生も時間がそう潤沢に残されているわけではありません。コーラス3のように剣を託す訳にも行きません。どうぞ先生にはなるべく早く、世界の続きを観せて頂きたいものです。

20121112
”チーク”(cheekandlip)

追記
色々飛び交っている最後の人物。多分ウォータークラウン+エストから=レーダー9だと思うのは間違いない(と思う)のですが、レーダー9=ジークボゥ→まんまトリハロンだと飛躍しているのはどうも私だけみたいだなぁ・・・^^;単純すぎる?
でもカイゼリンに乗って敵を倒したときの姿。何故彼は涙ぐむ?
実際の戦闘がはじめてだったの?
ベリンに責められるのが悲しかったの?
それとも必要に迫られた事とはいえ、人殺しそのものが、彼には辛い事なの?
(↑勿論物語り上での、お話でですよ。)

これがいずれの場合にせよ、どうも強い筈なのに気持ちが繊細すぎるだろう皇子様~と感じてしまうのですが。おいおい大丈夫かよ、と思いながらドラマが進行していくと、ベリンはそんな彼を理解しつつも、そんな彼だからこそ皇帝になるように進言します。
血が流れる事の苦しみが分かる彼だからこそ。と思った瞬間、ジークボゥの説明文と重なるような、そんな気がしたのです。トリハロンは「優しい人物」なのだと。
そしてどういう経緯があったのか詳しくは分かりませんが、彼は戦闘によらずに、周辺諸国を纏め上げ、やがては二重帝国の皇帝になります。(この周辺諸国を纏め上げ~という表記は、戦争を国是としないコーラス王朝の成り立ちでも時々出てきますね。)
そんな偉大な人物であるならば、レーダー9がそっくりさんであっても良いなぁ、と思ったのです。
ダイ・グも素晴らしい人物なのですが、彼はシステム・カリギュラの暗躍すらも利用しつつ戦によってフィルモアに別の領土をもたらそうと画策します。(それが決して彼の本意でなくてもね)
しかしこれが上手く行かないだろうと、年表を目の当たりにしている多くの読者は彼の悲哀と共に大いに不安に感じている筈です。
加えてフィルモアには星崩壊までに時間がありません。そんな中もっと「優しい人物」が皇帝になってしまったら・・・
それでも何か重大な決意を伴って事に当たるとしたら、きっとダイ・グとは違う方法で何か乗り切ろうとするのではないか、そんなドラマがあっても・・・いいかなぁ。と。
ただし、フィルモア帝国の組織内はあまりに複雑で正直関わりたくないような部分も多いにあるような気がして、そういうのにどう立ち向かいつつ一つに纏め上げるのか。(でないと国民が滅亡してしまう)そんな事をラストを見ながら思ったのは確かです。
たとえこの文章が大外れでも、フィルモアの星崩壊が起こるのは年表上の事実ですし、そんな事に頭を巡らせられただけでも良かったかな、と思っております。

2012年11月11日

その4


お祭り最終文書なので、ここは遠慮も配慮もなく書いてみようかと。
ゴティックメード、結局3回観に行きましたが、漫画のように好きな時にふらりと観に行ければありがたいのに。と思います。
公開中にあと1回は足を運びたいですが、あの風景を、あの物語は叩き込むものではないと思います。
BDですら不可能かもしれない高画質だというのが本当だったら、という不安がありますが。あ、でも家のテレビじゃ、全く表現力足りないでしょうが。それが一般的なご家庭の最新型でもね。

映画ゴティックメードは、いきなりわかり難い例えで申し訳ないですが、パガーニ・ゾンダRみたいな映画でした。
今家のTopGearのカレンダーがそのゾンダRなのですが。
パガーニはイタリアのスポーツカー・メーカーです。
ゾンダはその個性的だけど流麗なルックスと、妙に少年っぽい感覚、そしてレーシングカー的要素を秘めた市販車として人気があり、パガーニ自体は小さなメーカーですが、一躍車好きにその名を知られるようになった所だと思っていただければ。
※ちなみにTopGearというのはイギリスの自動車番組なのですが、現在BSフジ&ニコニコ動画で再放送されています。永野先生も大好きみたい。…成る程ね。この番組好きはGTM、好きになるかもね。

その中でもゾンダRは異彩を放っています。

まず、公道を走れません。
FIAのレギュレーションを満たしていないので、レースにも出られません。
サーキットで個人的に走らせるしか、持ち主は使えない車です。
しかも、見た目はどう見てもかっこ良いプロトタイプ。エンジン音はF1。(今のF1よりも良いかも?)そんな車です。
そのルックスなど知りたい方は wikiにあるゾンダの項目をどうぞ。 たっかそうでしょう!?^^;

ある日レンタカーを頼んだら、この車がやって来たような感覚です。

・普通車じゃなきゃ駄目?じゃあNG。
・これで公道走ったら警察来るんじゃ…じゃあNG。
・でも乗ってみたい!!格好いい!

・パガーニの車が借りられる!じゃあ乗る!絶対乗る!
・えー、でもゾンダRじゃ免許抹消されるかも…

この映画の対象者は真ん中の2通りだけです。これで多少お分かり頂けたでしょうか。
つまりはじめましてでも惹かれれば楽しめるだろうし、かなりのFSSファンでもNGな方はいると思われる、という点です。でもリスクを顧みず試してみようと手を出した方は至福。
私は当然?下から2番目ですね。免許取り消しになっても良いから乗りたい。ー勿論乗ったら乗ったで印象やら不満もあるのですが。

その不満についてから。主役二人のお話…これはまた後ほど大いに語りますが、それ以外が全くと良いほど薄味なこと。
ボットバルトもアデムも、他の皆さんも。これははじめての方にわかり易くするため?
それともFSSのスパコーンとヘアードのドラマに繋げよ、ということ?(違うと思うが…^^;)
私はGTMが70分強の作品だと知ってから極力情報は頭に入れないように努めてきました。短いと判った分、PCでなく、スクリーンで驚きたかったから。
なので初回は主役2人とカイゼリンの名前しか覚えていきませんでしたが^^;でも、それでもNTとかは買ったりしていたので他のキャラクターがいることは承知していました。
これを念入りにチェックされて、あれこれ活躍を期待していたファンほどガッカリした可能性が、私の頭をよぎりました。
ただFSSファンだったら、あの方みたいに全く活躍しない可能性も考慮しとく必要、あったのかも知れないけどorz
もう5分で良かった。せめてあの二人には、もうちょっと喋って一体どうなったのか位匂わせて欲しかったです。
あと、最後の文!せめて2カット、皇帝トリハロンと詩女ベリンの正装とか仕事ぶりでも絵にして表して欲しかった。ちょっと知らない方には説明不足と感じました。多分それ位なら後ほどのネタバレにはつながらなかったはず。

作品内容の不満については以上^^;
ただそれ以外にもネガティブなお話はあるのでそれについては後ほど。

ではキャラクターの話が出たので、ベリンとトリハロンについてでも。
これ書くと皆さんに唖然とされそうなのですが…
私がFSSで大好きなシーンを挙げると
「2巻でコーラス3とウリクルが黒騎士見に行ったシーン」
「9巻でモンドとバナロッテが互いの騎乗する個体を見せ合うシーン」
「11巻、ちゃあとジョーディ先輩がバイト先で語らうシーン」
を出してしまう私が、このお話キライな訳ないでしょー‼orz
(何でそのシーンなんだよ、とFSSファンの皆様に言われそうなものばかり・・・いや好きなんだ。ごめん。)

ちょっと意地悪込みのスッキリとした表情を出すかと思えば、真剣なまなざしで訴え、かと思ったら可憐に優雅に種を巻き、柔らかい微笑みを見せるベリンに、
怒り心頭にぶちまけてみたり、オブラートにくるんでみたり、一方で皇子の立場と少年の若さが合わさった強い責任感を感じさせるトリハロン。
先生のボーイミーツガール話しはもう問答無用と言ってしまう位大好きなのですが、これはまた予想以上の感覚でした。
やさしい空気を感じるんですよ。今時の少女漫画だって刺激が…という感じなのに。こんなの観て幼稚だと言う人がいても不思議ではありませんが、そう言っている人がもし隣にいたら、このテンポと共感が、相思相愛の第一歩だと気づかんのかー!と言い返してしまうかもしれない。心を通わせつつもきっとふたりはもう出会わなくて、二人とも民衆に心砕く人生を送るんだろうけど、それでも互いは「私の大切なあなた」なのかなぁ。とこれまた少女漫画のようなセリフを呟くLDI同様に(私もトシですしねorz)しみじみしてしまったのに。
あのラストが…えっ、えっつ、えーーーーっ‼

※そして色々妄想していたのですが、どうも皆さんと予想が違う…
ベリンはレーダー9を見守っていくのだと思ってました。私は彼を「久しぶりの新規時空越えキャラ」だと認識していたのですが…。
成長したジークボゥであり、トリハロンそのものじゃん、(コーラスみたいにやや風情が変わって)と思ってしまったのですが…違うのかなぁ。
私のアタマがお花畑と言われればそれまでですが、カラミティに蒔いた種がプロトン城に咲いて時代が移り、アドラー侵攻あたりの絵かと勝手に思っていました(クリスが若干老けてますし)
どうも当たってなさそうなのでショボーン。でも一応書いておきます…
※先生のどうだ、参ったか!ハッハッハ~!!みたいな顔が浮かんできてしまい、すごく仏頂面作りたくなりますよ本当orz。

長くなってしまったので、後半に。




2012年11月7日

その3


再びどうもこんにちは。
これは思い切り妄想含んでいるので、どうしようかとも思ったのですが、映画のネタバレに繋がるしなぁ、と再びこちらからお送りします。

映画ゴティックメードの物語…というか、ベリンとトリハロンのふたりを見ていて、私は「また感じた気分」がありました。
永野先生の漫画には色々な表現…ハードでエグいのもあるけれど…時折「おいこれは少女漫画かい!?」というように受け取れるようなことがあります。
(別に少女漫画詳しい訳ではありませんが…)
FSSにもこういう印象を抱いたことが何度かあるし、他の作品でも、あるいは実生活でも一度だけ感じたことです。
そして私は永野先生が描く「こういう感じ」が大好きで、思わず嬉しくなったものですが…
…しかしこの印象を自分の中で確たるものにまでは出来ず、1回目が終わってしまいました。
しかし2回目のあと、舞台挨拶で永野先生がある一言をあのふたりに対して言ってくれたお陰で、私も大いに納得し、3回目はすっかり浸ってしまったのでした。

…そんな事を頭の片隅に記憶しつつ、もう一度FSSのリブートやらDESIGNSやらトレーサーを見返していたら、思いついた事です。
その思いつきは物凄い急激に、昔からあった疑問や、FSSのこれからの事がパズルのようにバタバタと埋まっていきました。
勿論これが正解だとは思いません。(もう既に違う事を考えていらっしゃる方もいますし、そちらの方が正しい気も自分でもするのですが)
ただこれも何か辻褄は合うような気もするので、妄想垂れ流しだと思って笑って読んでやって下さい。
どうせ(^_^;)答えが出るのは何年も先で、忘れてしまうでしょうしね。


まず映画で一つ判ったことを思い返しながら、トレーサーのユニオ5の記事を読み返してみました。
…ますますわからない。一番謎なのが「やがてはジュノー星にも影響を与え、コーラスの血を守り、クローソーをずっと守っている」
は?か、関係ないじゃないと一度は思ったのですが…
でも、今度はノルガン・ジークボゥの記事をリブート7から。
「誰もが驚く人物を妻とし、膨大な人々の命を救う。そして彼にはとある女性が絶えず見守っていて、その女性が彼を導く」
この文の最後にある、ジークボゥを導く女性は、さっきの事からユニオ5なのだと確信しました。だって彼とそっくりだったし!
(まぁそうでなくとも血筋とかありますが…)

じゃあジークボゥは誰と結婚するの?あと、句読点の解釈が分かり難かったけど、「膨大な命➡フィルモア帝国民」を救うのは、結婚によりもたらされるの?
頭を巡らせたら…いるじゃん、一人だけ。ふたつの文章に合いそうな、該当する人物が。

…もう判った方もいるとは思いますが、ここで昔からあった疑問が2つ。
「どうしてコーラス6は3巻で、フィルモアのパルチザンにいたの?」
「モンド・ホータスは、ジュノーにいるのにどうしてフィルモアの名残を多く残しているの?」
でした。
前者はまぁ身を隠すため、後者はそれだけ国の影響力が強かった、と片付けられるのですが…
でもブロードの先祖が何をしたか分かっていて、(あの説明シーンの前に彼は知っているはず)いくら大いなる過去の話とはいえ、あそこにコーラス6がいるのは何か変な気がちょっとしていました。フィルモアのパルチザンがでかいのかな、とかそんな風に思うことにしましたが。
後者は、滅びた国の象徴が何万年後別の星で大いに残っているのは、カラミティがなくなったあと、人々の思いがそうさせたのかな…でも良くわかりませんでした。

でもどちらもこれで解決するかも。
私が頭に思い浮かんだ妄想は
「ジークボゥはセイレイと結婚して和平を結び、フィルモアの一部がジュノーに移される」

…でした。どうでしょう?
でも、AKDのカラミティ侵攻の頃にはもうAKDの影響のない星はジュノーしかありません。
あと、今現在、フィルモアとコーラスは国交断絶状態…それも王族とはいえ一個人の恨みだけでそうなっちゃった(まぁラルゴの件がなくてもそうなってしまったかも知れないけど)のだから、大国同士の和解って何処かでなされるのではないかと前から頭にあったのですが…
大国同士が戦争を伴わず手を結ぶ、のはゴティックメードのモチーフとしてもありますし、繰り返されてもいいかな、と。

となるとDESIGNSの、それ以外でもあったような気がするセイレイに添えられた言葉
「理屈ではなく結果として彼女はコーラスの王女」
というのも凄く説得力が出てくる。分かりませんが、ダイ・グにはかなり怒りを表していた彼女が、その正体を知らぬままジークボゥに出会っちゃったりなんかしたら…
しかも娘を騎士には嫁がせたくない、と母エルメラ王妃は言ってますが…「ジークボゥのファティマは皆借り物で、生涯ファティマを娶らなかった」んですよ。これならOK?(いやそういう問題…か?)
しかもコーラス4は血を遺さず、セイレイの家系がコーラスの主流になって行きます。…当然コーラス6も。
繋がるじゃん!さっきのユニオ5のことも。私の抱いた疑問も。

…と思ってしまったわけです。いかがでしょう。え、おかしい??
果たしてその答えはいつわかるのかなぁ…

私が映画でベリンとトリハロンに感じていたもの、それは「恋をする前の柔らかな空気」でした。
それは例え言い争いをしていたってハッとするんです。何故かFSSではたまーに、何回か体感しました。そしてそれがとても好きだったりします。
他の映画でも一度だけあって、それは「おもひでぽろぽろ」だったりします。昔家族と観に行って父が「これは大人が観るべき映画だね」と感心していたのを後になって気付かされた一作です。当時は判らなかったのですが。
ただ二人は手すら触れあうこともなく別れてしまいました。それでちょっと悩んだのですが、
センセイが舞台挨拶でふたりの事を「淡い恋」だと仰って頂けたので、ああ、あってたんだ!とホッとしました。(^_^;)…

でも皆さんの身近にこういう空気を感じるひとがいるのなら、その手は絶対離さない方が良いですよ。

…以上、妄想終了。

20121107
チーク(@cheekandlip)

2012年11月6日

その1


どうもこんにちは。
映画ゴティックメードをご覧になられた方の中には、ひょっとして永野護先生の作品に接するのがはじめてだった方も決して少なくないとは思います。
映画をご覧になられて、どう感じられたかは勿論人それぞれです。
どうも先生の漫画作品「ファイブスター物語」とも関係あるらしい。それを知っていたか知らなかったか。それもそれぞれです。
それでも何かがとても印象に残った、あの二人の続きが気になった、あのゴティックメードってどうなっていくの?変な人たちいたけど何?
とにかく永野先生が作り上げた映画世界の続きを知りたい方への、これは簡単なガイドです。
もしこれを読んで分からないことがあれば遠慮なくご質問をいただければと思います・・・とはいってもファイブスター物語に四半世紀付き合ってしまった私でも、ゴティックメードの情報には分からないことも多いので、その点はご了承を^^;(不明の場合は今回ちゃんとその点も記させていただきます。)

まず・・・映画をご覧になって、この世界を気に入られたあなた。この後どうしましょうか。

とりあえずファイブスター物語の単行本1巻、もしくは最近新しく出たFSSリブート1を手に取ってみてください。(FSSはFive Star Storiesからくる略称です。)パンフレットをお持ちの方は、一番後ろに本の表紙が掲載されているのでそのリストを是非ご覧下さい。
映画ゴティックメードの冒頭、鳳凰(角川書店のマークですね)が星々を駆け抜け、その羽根の一枚がしおりのように漫画の一ページに落ちていきます。
あそこに出て来た書物はFSS12巻(既刊の一番最新のもの)のメインの最終頁(本当は続きがあるんですが)になります。
あそこで閉じられ、登場した少年少女達は、映画ゴティックメードと関連性があります。
しかしいきなりそこから追っても訳が分からないので、1巻から読むのが無難だと思います。

さて二種類あるFSS。単行本1巻がいいか、リブート1が良いかは、書き直し部分があるか、連載時のままか、という多少の違いはありますけれど、本屋さんにあったほう、あるいは表紙の好みで選んでいただいて全く構わないと思います。
え?手っ取り早く知りたい?そんな方は1989年に公開された劇場版ファイブスター物語を。ブルーレイディスクも現在発売中ですが、ドコモのアニメストアでも月額420円のパックで視聴可能。
こちらは永野先生全く関わっていませんが、奥様の川村万梨阿さんがベリン同様、こちらでも主役の声をされています。66分なのでゴティックメードとほぼ同程度の長さです。内容もおおむね原作どおりになっているので、漫画じゃ不安な方はこちらからでも追随可能です。

1巻をひとまずご覧になられたら、あ、映画に何人か同じような人がでていた様な、そんな気がしませんか?
漫画本が閉じられた後、冒頭シーンにいきなり微笑をたたえて登場したのは、ファイブスター物語の主役,
レディオス・ソープ(本当の名前は違いますがここでは伏せます。)とファティマ・ラキシスになります。そして角川書店のマークを持った書をパタンと閉じる謎の女性。この3人は乱暴に書きますが、この世界の神様です。
そして漫画ファイブスター物語の巻末には年表というものが必ず存在します。
ファイブスター物語は、この年表に書かれている出来事が不動のものとして絶対的な存在になります。ご面倒かもしれませんが是非一度目を通して頂きたいです。
そして白い本を閉じる女性の名前も、この年表の最後に書かれているので良かったらご覧下さい。というか彼女も、もう既に何回も物語には登場していますが。神様ですから。

ファイブスター物語1巻は年表右下あたり、成人したラキシスがソープと再会する2988年から始まっていきます。
しかし読み進めていくと途中で過去の話になったり、あるいは年表を超えたはるか未来の話になったり、あるいは全く異なる宇宙の話に移ったり、連載の時空系列は時々えらい勢いで飛躍します。
・・・ここまで書いたらお分かりになったでしょうか。ゴティックメードもファイブスター物語に絡んだ、どこかの歴史の話なのです。
その割には星や国の名前とか、出て来るロボットの名前とかが違いますが、それはまた後ほど。

映画ゴティックメードに登場するトリハロンは映画ではドナウ帝国の第3皇子という立場で詩女の警護を担当しますが、その後彼はベリンとの誓いを守って周辺諸国をまとめ、結果として"二重帝国"の初代皇帝になります。(映画では字での紹介だけですが・・・)
この二重帝国がファイブスター物語では名前を伴って登場します。(最後のキャスト紹介で一応その名前が出て来るのですが、あんまり速くて分かりませんよね^^;)その名はフィルモア帝国。
FSSの1巻でもひとコマだけ、その時の君主レーダー8世が登場しています。トリハロンは彼の遥か昔のご先祖様にあたるのです。
そしてフィルモア帝国はその後もずっとずっと、色々な形で登場します。主役のソープとラキシスのいる国家ではありませんが、かなり影響力の強い国なのです。時には物語の悪役的立場として登場することもあります。

さてファイブスター物語の年表に記されていて、もうかなり以前からファンの間ではその歴史が当然のように記憶され、加えてその一部がもう漫画には示されている未来の話があります。
このフィルモア帝国のある星、カラミティ・ゴーダースがやがて星ごとなくなってしまうのです。
1巻の巻末にある年表を今一度ご覧頂くと、それが3239年であることがお分かりになると思います。
ちなみに12巻現在では3031年の話が書かれています。え、まだ200年ある?いえ実はこの世界の人間の寿命は360歳位(かなり老いた状態で)あるので、実はもうあまり時間がありません。
現在漫画の世界では、この星の危機をもう既にフィルモア皇帝は承知していて、あれこれ動いています。それがどうなっていくかは、まだ今の時点では分かりません。
ここで重要な役として登場するのが冒頭の表紙12巻表紙に出て来る金髪ウェーブ姿の女性・・・しおりに閉じられた少女も同じです。
彼女の名前はクリスティン・V。彼女は当時の皇帝ダイ・グ・フィルモア5世に仕えるハイランダーです。
ハイランダー・・・ゴティックメードにもその単語が出てきます。この意味は両作品とも同じ、皇帝騎士で良いです。
そして皇帝ダイ・グはあの頁に出て来る少年です。

あれ、金髪ウェーブの女性って、最後に出てこない?
あれがクリスティン?・・・はい、そうです。
カラミティ・ゴーダースの星が崩壊する時まで、彼女はフィルモア帝国の皇帝に仕え続けます。
でもただ星が崩壊するのを待つわけではありません。まず多くの帝国民を、星の民をどこかに移さなくてはなりません。それはフィルモア帝国皇帝の宿命。
それを成し遂げなければならないのは、最後の最後に登場した、茜色のボロボロの衣を上に纏ったフィルモア皇帝なのです。それも妙なくらいトリハロンそっくりの、黒髪の彼。
あの茜色の衣は、ベリンが織った布を、トリハロンが皇帝の衣として仕立て上げ、それが3千年の時を越えて、代々の皇帝に受け継がれ着ている物なのです。漫画でも若き皇帝ダイ・グが当然のようにそれを着て戦陣に飛び出していきました。
但し、映画ゴティックメードの画面でアップになって現れるフィルモア皇帝・・・彼はダイ・グではありません。
このトリハロンそっくりの彼はファイブスター物語の連載が再開されるとほぼすぐに、新たに登場することが決まっています。勿論トリハロンとは違う名前です。まだこの時はフィルモア皇帝ではなく、トリハロンと似た年頃の少年です。
彼は非常に誠実で優しく、人望のある人柄なのだそうです。・・・あれ、そんなところもトリハロンに似ていませんか?

このトリハロン似のキャラクター・・・ややこしくなるので今は名前は伏せますが彼がやがて何と言う名前のフィルモア皇帝になるのかも既にファンには明らかになっています。
それがどうして分かるの?そして今漫画に出ているダイ・グ・フィルモア5世はどうなってしまうの?そしてこのトリハロン似の彼・・もし中身まで彼とそっくりだったら、いささか繊細過ぎないかと思われる新たなフィルモア皇帝は、星がなくなってしまう危機に一体どう立ち向かうの?
そういうのをあれこれ推察して楽しむのも、漫画ファイブスター物語の醍醐味の一つになると思われます。

やっぱり長くなっちゃったなぁ、まだFSS絡みのキャラクターは他にも登場しています。次回はそれも少し。ベリンのこともちょっと書きたいですが・・・







その2


さてすみません、こんなのに長々お付き合い下さりどうもありがとうございます。

さて映画ゴティックメードの最後に登場する謎のフィルモア皇帝。先にも書いたように彼はまだ漫画の最新刊にも登場しておりません。しかしどうしてファンは彼の名前がわかるのか?
それは「設定画」の存在です。
漫画ファイブスター物語の最初には必ずカラー頁があって、そこにセルで書かれた主な登場人物の絵と、簡単な説明が書かれているのをご確認できると思います。1巻なら、ラキシスもソープも掲載されていますね。
これを漫画の進行とは全く別に、作者は時々新しいキャラクターの存在を一枚の設定画とそれに付随する情報の形で予告しており、(そうではない場合もありますが)それは副読本という形になって、ファンに最新情報として提供しているからです。
今現在、それがまとまっていて容易が入手なものに「DESIGNS」という設定画集というものが出版されています。DESIGNSは現在1~3まで本屋さんで発売中。
そして次のDESIGNS4が発刊された時、漫画の連載再開が同時にスタートする事も作者は何年も前から宣言されています。

勿論ファイブスター物語は漫画単独だけでも充分に楽しめるのですが、DESIGNSはより深く世界に嵌りたい方への・・・贈り物なのでしょうか。
しかし、設定画が登場したからといって、実際に漫画に出て来るのはいつの日になるのかはわかりません。先ほど書いたクリスティン・Vだってその存在や画はかなり昔から示されていたものの、実際に登場したのは・・・いつだ?(^_^;)
※ただ残念ながらゴティックメードに登場するフィルモア皇帝に関する記載はDESIGNS4に載る筈です。急ぎ確認したい方は、リブート7に少年時の名前で白黒の線画と説明が掲載されていますのでそちらをどうぞ。

数多くある設定画からこの謎のフィルモア皇帝を読み進めていこうとすると、彼の隣にいたオレンジ色の女性の存在が重要視されます。彼女の名前はエスト。そう、もう1巻の冒頭に登場していますね。
彼女と、クリスティンの隣にいたもうひとりの孔雀色の女性・・・変な歩きかたしていましたね。これに関しては私もさっぱり分かりませんが(^_^;)この少女の名前は町(まち)というのですが。
彼女たちは映画ゴティックメートには直接関係ないのですが、ファイブスター物語では大変重要な役割を果たしています。
彼女たちはファティマと呼ばれる人工生命体。
ひとりの騎士(ヘッドライナー。ゴティックメードにもでてきた”天を取るもの”としての称号ですね。FSSでは元からこう呼ばれます。)に仕え、彼らの搭乗するロボットに一緒に乗り込み、その動きのコントロール及び騎士のサポートをします。
ゴティックメードではこのサポート役を人工頭脳で行っていたのですが、ファティマたちは人間と会話もしますし、騎士のコントロールにおかれるよう様々な制限を課せられていますが、あくまで生命ある存在です。それは時代が何千年も進んだ結果生まれた”変化”によるものです。(進化ではありません。)
最初に登場した、ファイブスター物語の主役であるラキシスもファティマの一人です。

このエストというファティマは、ファイブスター物語の中で様々な騎士に仕えることが既に決められております(もう漫画上でも何人か主人を変えています。)
その中に、町と同じ孔雀色のフィルモア帝国の制服を着ている画も存在します。そして、エストが仕えることになるフィルモア帝国の関係者はひとりしかいないことに、作者が設定画の脇で書かれている情報から明らかになっていくわけです。
もう二十年以上も前に、それははっきりとしておりました。ファンにとってみれば、この新しいフィルモア皇帝は「やっと絵になって現れた存在」でもあるのかもしれません。
まさか映画に出て来るとは、思いませんでしたけどね(^_^;)

この設定画・およびDESIGNSから明らかになる事がもうひとつ。
物語の終盤、何か変な男女が出てきましたよね。特にバラの花を頭につけたような女性。
彼女も今後ファイブスター物語に登場することの決まっている人物であり、既に設定画が何枚も公開されていました。
しかもあれで人間なんですよ人間!劇中にも登場しましたが、女性の名前はLDI20。エルディアイ・ツバンツヒと呼びますが。これはあくまでコードネームです。LDIにはまた別の名前があります。
彼女はゴティックメードの舞台よりもはるか昔から存在していて、そして遥か未来まで生きる人間だという事になっています。何でそんな設定なのかはまだ私にもわかりません(^_^;)
しかし、彼女は優れた科学者であり、また騎士でもあります。

そして彼女やユーゴ・マウザー教授(男性の方)が属している組織。彼らは映画に出てくるテロリストそのものではありません。
彼らは・・・台詞からわかるかな・・・その時必要とされている国や組織と”契約し”、それに基づいて彼らの優れた技術や情報を相手に提供している、とされる謎の組織です。その名はシステム・カリギュラ。
彼らは映画ゴティックメードでは最新GTMボルドックスをテロリスト(実際は違いましたが。)に提供し、トリハロン側の戦艦に関する詳細な情報、トリハロンの戦い方?(ごめんちょっと自信なし)などを契約していた相手側にもたらしていたのです。そこまで勝つ為のお膳立てしたにもかかわらず、ボルドックスはGTMカイゼリンに敗れます。
マウザー教授はあのボルドックスを設計した人物です。しかし・・・テロリストとの契約はそこまでだったのでしょう。彼らは深追いせずに彼らの住む星に帰って行きます。
彼らが何のために組織され、そしてどうしてあんな長命で高い技術を持っているのか、そして何が目的で動いているのか、今現在では分からないことが大変多いです。
ただ、システム・カリギュラの組織そのものは既にファイブスター物語にも登場し、そう、あのフィルモア帝国も含む何カ国かと契約し、華やかな舞台の裏で暗躍しております。
そしてLDIはまたFSSにも登場し、何処かの国で戦い・・・そしてどうなるのか。実は彼女がやがてどうなってしまうのか、大まかには分かっています(^_^;)ただ、その詳細についてはまだ明らかになっていません。
彼女がファイブスター物語でどのように活躍し、そしてどうして最終的にそこに落ち着くのか。漫画になる瞬間を楽しみにするのが(私のような)ファンだったりします・・・

このくらいにしておこうかな。まだファイブスター物語との共通点や謎は本当にいくつもあるのですが、あんまり長いと読む気にならなくなりますよね(^_^;)
最後に簡単にですがベリンについて。まだ確たる事がいえないので申し訳ないのですが、多分です、多分ファイブスター物語にも登場します。ただそれはいつの日になるかは分かりません。
それが分かったのは、映画のテロップに書かれたベリンの本当の名前と、事前にあった文章だけの数少ない情報から。
確たる事でなければあーだこーだファンの皆さんは色々考えていて、私も映画を観てから、色々頭をめぐらせています(^_^;)


映画ゴティックメードに沿って漫画ファイブスター物語の魅力・・・なのか中毒性なのか分かりませんが(^_^;)をお伝えしたかったのですがいかがでしょうか。
しかしこれはただのガイドで、本当の輝きは作品の中にあります。今回キャラクターにだけに的を絞ってご紹介しましたが、実際はその物語、デザイン、描写、モーターヘッドと呼ばれるロボット、と魅力的なものばかりが作品のそこかしこに散りばめられております。
もし映画ゴティックメードの何かに惹かれて、でも迷ってここに辿り着いてしまった方は、是非騙されたと思ってファイブスター物語の1巻、(もしくはリブート1)を手に取ってみてください。
何、漫画は12巻までしかありませんから、すぐ追いつきますよ(^_^;)

そしてようこそ、ファイブスターストーリーズへ!!


20121106 チーク(@cheekandlip)

追伸
流石にメカのことに何も触れなかったのも・・・なんですから、一つだけ。
もし映画で聞き覚えがありましたら、このキーワードは忘れないで下さい。「破裂の人形」。



2012年9月27日

38枚のお空スケッチ”まとめてみました。

今までこのブログで公開していた絵も含まれていますが、私が気がついたらiPadを取り出して15分くらいでスケッチしていた空の様子が結構たまっていたので、ここいらでちょっと纏めてみるか、と作業し公開してみる事にしました。 下の絵からpicasaに飛ぶと思いますので、良かったらお気軽にご覧下さい。
お空スケッチ
下手でも数がたまると結構面白い印象になりました。描いている時間は15分前後でも、(それ以上時間をかけると、空の光景が変わってしまうように思います。)その時々の事が結構鮮明に思い出されるものです。そして空の色はやはりその日によって全く異なるものですね。 
毎日描いている訳ではありませんが、「おっ!」と思ったら他の作業の手を止めてしまいます。(一日で複数描く日も。)大体2~3日に一枚くらいは描いているかも知れません。この辺りは立ち上がりも速く、機動性の高いiPadならではの利点だと思います。また、ibisPaintという優秀なお絵描きアプリのお陰。誰でもできて、、画材を買ったりする必要もありません。(私はスタイラスペンも使いますが、指でもOK。ペンは一本千円前後で売られています。)その点も気軽で大変スケッチ向き。大変ありがたいです。
今後も手軽な趣味として、このリンク先で絵を追加していく予定です。
また、ツイッターでも描いたらその場でツイートするようにしています。もし@西東京市など、@どこどこ。と書いてあるツイートを見かけたら、それはスケッチのツイートですので、窓を見つつ空気の違いを感じていただければ幸いです。
 日記みたいではありますが、つい上を見上げる習慣が出来たように思います。
  ただし、車など、周りの様子には気をつけないとね^^;

2012年9月13日

TIGER&BUNNYを観てみたよ

えー、まずというかいきなり自分語りになってしまって恐縮ですが…
このブログ以外にも漫画ファイブスター物語(以下FSSと略)やゴティックメード(以下GTMと略)についての別ブログ絶対秘密。を持っていたり絵やものを書いていたりする訳ですが、実はそれ以外のアニメや漫画にはさっぱり詳しくありません^^;
一部作品ファンの方なら分かっていただけるかもしれませんが、中学生でFSSに嵌ってしまったのは良いんですが、その膨大な設定がさっぱり覚えられず、それだけにのめりこんでいる毎日でした。その為、FSSが連載されているのはニュータイプというアニメ雑誌で、それを買っているにもかかわらず、他のアニメや漫画とはまるで縁のない生活を送ってきました。一通り中は見るため、流行のタイトルや絵は目にして知っているにも関わらず。
興味があれば自分からすすんで観るだろう・・・そんなスタンスで通してきてしまったのです。
なので、自分が知っているテレビアニメ・・・、特に21世紀になってから観たものって".hack//SIGN"しかありません。というか、この作品ももう10年前なんですね。・・・嗚呼。
それが大前提で話を進めさせていただきます。

twitterで色々な方とお話をしていると、趣味繋がりの方も多いからだとも思いますが、特に最近この作品名をTLで見ない日はない、という位の作品がありました。
それが”TIGER&BUNNY”(以下タイバニと略)だったのです。
私も前記のことがあり、その作品名だけは元々知っていました。しかしそれ以上のことは良く分からず^^;その内容については皆さんのツイートでうっすらと・・・という状態が長く続きました。
しかし本当にタイバニファンの方が多くて、今月どうも映画も公開されるらしく活発なやりとりを目の当たりにして、私もちょっと見てみようかな・・・とやたらと重い腰を上げてみることに。
幸いテレビシリーズの1話が無料で見られるらしい。とのお話を頂き、バンダイチャンネルでお試ししてみる事にしました。(iPadで観られる方法も教えて頂いたり、twitterでは本当にいろいろな方に助けられています。この場でお礼申し上げます。m(__)m)

しかし10年ぶりにテレビアニメちゃんと見たわけですが・・・凄いね、映画かと思ってしまった^^;
メディアミックスとか、DVD等のソフト化なども念頭に置いていたのでしょうけど、絵も丁寧だし、良く動く。
FSSの映像化を望む声ってよく聞くのですが、今なら可能なのかも、と思いました。アングルとかがハリウッドの映画みたいだものなぁ・・・
そして物語も王道かな?まだまだ分かりませんが・・・どこかノスタルジーすら感じさせる懐かしい特撮ものと、カートゥーン・ネットワークっぽい動きに、スポンサー云々や(F1ドライバーも含む、プロドライバーってこんな感じなのかな、と思ってしまいました。どうしてそう思ったのかは中を見ればわかります。)自らの利潤追求と対立する内なる正義の側面が顔を出し、大人でも充分楽しめるつくりになっていると思いました。それがスピード感に乗って演出されるのですから、これは流行るわけです。
多分これをアメリカは実写で行ってしまうのでしょうけど、アニメなのが日本らしい?

そんな印象でした。とても楽しかったですし劇場版には足を運ぼうと思いますが(ゴティックメードの件がちゃんとするまではテレビ版は後回しかな・・・そんなにあれこれ出来ない性質なので^^;)
同時に思った事・・・ものが売れるのって大変な時代になってしまったのかな、という感じです。今のコンテンツ産業・・・特に既存のものに関しては。スポンサーに対して自分らしさをも曲げてヘコヘコしなくてはならない主人公たちに、何故か思いが重なりました。冒険しにくいのかも知れないね。周りにあーだこーだ言われてすぐ切られちゃうかもしれないから。
ネットのお陰もあって、一から、例え素人でもインディーズみたいに簡単にものが、夢が売られるようになった側面がある一方、(私はしていませんが。)アニメや漫画も企業的な一面が・・・もともとあったものだとは思いますが、より多い収益を、より(グッズや作品にお金を出してくれる)多くのファンを、という要素を求められているのかな、という感じを受けてしまいました。

別にこれはタイバニの話にある背景を見ていて思っただけで、だから否だとか、だから興ざめしたという訳ではありません。もう前々からエンタテイメント的なことでは、うっすらと思っていたのでしょう。(FSSリブートなどの"関連商法"などでもあれはお布施っぽいなぁとか、時折感じていましたし)
作品自体はとても面白かったです。ただそれだけではなかったのも、この作品らしくて良いのではないでしょうか?
カメではありますが、ゆっくり追いかけさせていただきたいと思います。

※見終わった後、落書きしてしまいました・・・いろいろ違う^^;す、すみません。バーナビーさんのつもり・・・




2012年8月29日

ぶち壊そうとすら思った「絶対秘密。」

どうしてそう思ったかはさておき。(当該ブログにも少し書きましたのでそちらで。)
一昨日からずっと頭をずっと離れなかったのは、「絶対秘密。」を止める事ばかりでした。 私は今日は友人のところへ片道一時間半かけて出かけており、電車に乗っている間も、そのことを常に思っていました。iPadは持って行ったけど、音楽をその間聞くためだけのつもりで。
もう去年の状態に戻そう。ただの一ブロガーで良いじゃないか。どうせ自分のしていることは遠くの水溜りに意味もなく石を投げ込んでいるようなもの。さて締めの言葉についてはどうしようか、そしてどう「絶対秘密。」を閉鎖しようか、そんな事を考えながら。
しかし、高田馬場駅に着いて、西武線に乗り換えようとして移動しようとしたその時、窓から見えた景色に私は心を奪われました。
その夕日を、カメラにだけ収める事も出来たのですが、窓枠に近づいて、iPadにこんな風にスケッチしていました。

下手ではありますが、15分、集中して描きました。
去年の今頃にはなかった趣味です。そして描き終えた頃、自分はもう少し、・・・急に上手くなるわけではないけど、もう少し続けたほうが良いのではないか、そう思えるようになりました。
そしてブログを閉鎖するのを、止める事にしました。ほんの15分位の間の話です。
何かを表現する事自体は、・・・そのペースはさておき、今の自分がまだ求めている事のようです。
そんな出来事でした。たいした事ではありませんが、今日の高田馬場駅で見た夕日はちょっと忘れられなさそうです。


ついでに月も。これは月曜日の月、かな?夜が少しだけ涼しくなりつつありますが、どうぞ皆様も熱中症には、どうぞお気をつけて。

2012年8月19日

お空スケッチ

最近、何故かベランダや玄関から見た空をスケッチするのがちょっとしたマイブームになっているような気がします。
外出先でも大抵iPadを持ち歩くのですが、日当たりの関係や(描く場所が日陰でないと、反射してスケッチをするのは不可能な為)あと、時間もそれ程あるわけではないので、大抵15分くらいで仕上げるようにしています。(それ以上いると、今の季節やはり暑い・・・iPadも熱くなるし。)
勿論、それ以上時間をかけていると、雲や陽射しの印象も多いに変わってしまいます。刻々と変わっていくその色と形は、見ているだけでも何故かホッとするものがあります。
絵の技術は拙くとも、「そんな感じ」をサッとメモできて、形になるiPadはやはりありがたいものです。東京でも、空の彩りはなかなか美しく、楽しいものです。本当は、自分の画力のためには空ばかりでなくもっといろいろ描かなきゃ、なんですが^^;

ある時は、真っ赤に燃えるような入道雲の印象を。



昨日は、運よく虹が出る瞬間に遭遇し、慌てて描きました。7分くらいで虹は消えてしまいましたが、何とか捉える事は出来たみたいです。

これは今日の午前中の空を。ミニ入道雲群を捉えたかったのですが・・・難しいですな。
どうしても時間がない時は、iPadにはカメラが付いているので写真を撮っておくのですが、大抵撮ってしまうだけで満足してしまう。これは昨日のひばりが丘で携帯に慌てて収めたものを見ながら描いたものです。これだけ1hかかりましたが、やはり見た時の雰囲気は出しにくい・・・
(元の写真は、パソコンからなら隣のtwipicのバナーに表示されています。)
そしてまた、気がつけば上を見上げてしまうのでした。

2012年7月24日

復活を音にこめ、願う日々(2)

今から間に合うかしら?今日24日19時~、この時の仙台フィル&山形交響楽団マーラー復活前日の公演(山形公演)がUstreamにて放送されます。もし間に合わなくても、8月6日までアーカイブ放送でいつでも同チャンネルで視聴可能です。どうぞ是非!ご覧下さい。
また、仙台公演の様子は9月にNHKBSで放送予定だそうです。聞き比べもまたあり?でしょうか。凄く良かったのでご興味のある方はこちらも宜しくお願いいたします。

さて、マーラーの復活についてですが、この日の演奏は2005年に出版されたキャプラン版という新しい楽譜をメインに用いられています。、
パンフを読むまで知らなかったのですが、このキャプランさん、なんと、音楽家でも指揮者でも研究者でもなく、実業家として成功した後に「復活」を聴いて感銘をうけ、この曲を指揮したい!という思いだけで研鑽を積み、直筆譜を揃え、とうとう「復活専門の指揮者」という唯一無二の存在としてウィーンフィル等と数多くのオケと組み、CDを出すほどになった方です。
その方が研究に研究をして出来たというのだから、凄い。そんな方がいらっしゃるのですね。何という情熱。

さてそんな演奏ですが、私はどうもマーラーに苦手意識があるらしく^^;決して嫌いではありませんが復活も演奏会4日前になって慌ててCDを買って、聴き込んだ・・・と言いたいですがディスクを換えるのも少々面倒で^^;(80分近くあり、CD1枚では入らないのです。)何回かは聴きましたが、なんとかおぼろげに分かるかな、程度。特に長い1楽章では眠ってしまうのではないかと戦々恐々で当日を迎えました。
ところが、最初から演奏に圧倒されたというか(多少予習は効いたみたいでもありますが)眠っている暇は全くありませんでした。手に汗握り、のめりこんだ演奏だったというか、2つのオーケストラの合同という急ごしらえな感じを全く受けない、自分、実はマーラー好きなのか?と思えるくらいの^^;ハッとさせられる演奏でした。
とても熱意のこめられた、震災からの復興を真に願う80分だったと私は確信しています。
終わった後、指揮の飯森さんが何処か感極まったような、しかししっかりと、復興を願うメッセージをおっしゃってくださった事にも、とても気持ちの良い風を感じられるような気分がしました。
終わった後、駅近くのホテルまで20分近く歩いたのですが、ずっと復活、良かったね。とそんな話ばかりしていました。杜の都に相応しい演奏ではなかったかと感じています。
これを聴きに仙台まで出かけて本当に良かった。そして、その願いが天にも届いただろうと私は信じています。

まだまだ震災の傷は癒えそうにもありません。何か出来る事を、・・・そうですね、自分の場合は観光でまた足を運ぶ事で、物産があればそれを買うことで、ほんの些細な事でもいつも気にかける様にしたいと、そう考えています。

※今回の旅でとても嬉しかった事の一つが、元かりんとうブロガーの一押しでもある中山せんべい店のかりんとうが、しおがま・みなと復興市場(マリンゲート塩釜に沿ってあります)で復活し、再びかりんとうを手にする願いが叶った事です。
元のお店は東塩釜駅の近く・・・海からそう離れていない所にあったため、去年様子を見に行ったときは、店構えは辛うじてありましたが中はもぬけの殻に・・・大変ショックでした。
店主のお孫さんらしき男性が「じいちゃん(かりんとう)作っていないとボケちゃうから」なんて話していましたが、狭い仮設厨房、それも家庭用鍋で(!)作っていたかりんとうの味は変わらず!但しもう一つの看板商品である手賀の浦せんべいは機械がなく現在作れないそうです。来年このお菓子と共に、元の場所にお店が戻れたら、というお話でした。
ここのかりんとうはかりんとうらしさを存分に感じつつ、他では味わえない軽さとコクがあります。かりんとう趣味は止めてしまいましたが、今でもここのお店は大好きです。

 そしてもう一枚。今回はじめて気仙沼まで足を伸ばしました。女川からでも2h?えらい遠かった・・・のですが、東日本大震災の象徴にもなった流された大型船を見てあ然。気仙沼市の看板も立っていたこともあり、これだけは一枚撮りましたが、気仙沼市以外も含め、後の震災の爪痕は、写真すら撮る気になりませんでした。
この写真だけでは良く分からないと思いますが、気仙沼に入ってからの私の印象としては
普通の郊外の町→港へ近づくにつれ、崩れ落ちそうな建物の数々→でも港の観光施設は営業している。復興の気配はある→さらに車を走らせると突然、焼け焦げたスーパーと、何だか分からない基礎だけがある広大な敷地と、この船が街中に出現します。
(1)でも書きましたが、ひとつの街中でも場所によって風景が大いに異なり、突然ペシャンコになった車や消防車の墓場を連想させる一群があったかと思えば、ある場所では生活の感じをも押し潰した瓦礫の山々が連なり、かと思えば一見何もなかったような普段の街の様子のようにも映る場所もあります。
しかし、海沿いにあったと思われる集落の多くは、瓦礫こそ大分撤去されてましたが、ここに家があったのだろう、という痕跡だけが残る、想像力と恐怖を試されるような所になっていました。
気仙沼線の破壊もすさまじく、線路はほぼ全域で崩れ、陸橋の多くは流され、駅はどこにあったのかもさっぱり分かりません。

そして今回宿泊した追分温泉から15分ほど車を走らせたところ(追分温泉は山中ですので、時間以上に近く感じると思います。)にあった北上川沿いの大川小学校・・・目の当たりにした私達は、手を合わせるしかありませんでした。(検索するとそこがどんな場所なのか、分かると思います。)ここも少し車を走らせると、あの恐ろしい破壊と大して距離は違わないのに、北上川沿いでも別の光景が広がります。不可解ですらありました。何がどう、こんな違いを生んでしまったのか。
あと、未だ多くの場所が津波の塩害によって、田んぼだと思われる所の耕作が行われていませんでした。米どころ東北、またここに黄金色の稲穂が垂れる日が来る事を、切に願いたいです。